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万能の言葉「コミュ力」

公益財団法人日本生産性本部が毎年,新入社員意識調査・特徴とタイプという報告を行っています。あの,「平成○年度の新入社員のタイプは」という毎年報道される報告です。
ところが久しぶりにサイトを見るとなんと

※平成29年度をもちまして、新入社員の特徴とタイプの発表を終了させていただきます。

と書かれていました!

「今年は何かな?」と,毎年少しだけ楽しみにしていたのに残念です……(なのに終了していたのを知らなかったのか,と自分に突っ込んでおきます)。
ちなみに平成29年度の新入社員は「キャラクター捕獲ゲーム型」と名づけられていました。流行っていたポケモンGOから,ですね。

2015年の4月,私は「来年の春の新入社員はドローン型だろう」と予想しました。

そしてなんと2016年春のプレスリリースで「今年の新入社員のタイプはドローン型」と発表されたのです。

さすがにプレスリリースの内容までは予言できませんでしたが……これは我ながらよく当たったものだと思いました。
(もっとも,毎日あれこれ書いていれば何かは当たるものですけどね)

さて今回は就活でよく使われる言葉について考えてみたいと思います。

目次

・新入社員に求める能力
・コミュ力とは
・プラスティック・ワード
・女子力
・Jingle & Jangle
・交換可能か
・万能の言葉を使うときには

新入社員に求める能力

経団連が毎年,新卒採用に関するアンケート調査を行っています。これは経団連に所属している企業に対して行われる調査なのですが,その中で選考にあたって特に重視した点という項目があります。就活の学生を,どのような観点を重視して選んだかを答えてもらう質問です。

その回答の中で,多くの企業が重視していると回答し,15年間ずっと首位を保っている選択肢があります。それがコミュニケーション能力なのです。複数の選択肢を選べる回答形式なのですが,なんと8割以上の企業がこの選択肢を選んでいます。

ちなみに2017年度の2位は主体性,3位はチャレンジ精神でした。この選択の様子も,時代によって少しずつ変わっていくので興味深いものがあります。

しかし時代によって回答が変動する中でも,コミュニケーション能力(コミュ力)は,長年首位を守り続ける不動の地位を築いています。これほどこの能力は日本の企業の圧倒的多数が重要だと考えているのです。

コミュ力とは

コミュ力とは何でしょうか。
調べてみても,あれこれ書いてあって正直言ってよくわかりません。Wikipediaの項目もまとめきれていない様子がうかがえます。

あるサイトでは,コミュニケーション能力を17種類に分けています(コミュニケーション能力とは?17通りに分けてみた)。その中身は次のようなものです。

1. 会話のキャッチボール,2. 伝える力,3. 聴く力,4. 信頼関係を築く力,5. 相手の様子を察する力,6. ビジネスマナー,7. 協調性(チームワーク),8. 自己表現力,9. 知識,10. 論理力,11. 折衝能力,12. 交渉能力,13. 説得能力,14. 自己理解,15. セルフトーク,16. 仮説と検証,17. リーダーシップ

正直いって予想をはるかに超えていました。ここまでいろいろな意味が含まれているとは。心理学の概念定義の感覚で見ると,意味が広すぎて焦点が定まっていないように思えます。にもかかわらず,みな当たり前のようにこの言葉を使うのは不思議です。

ここまで概念の範囲を広げてしまうと,何でも含めることができてしまいますし,何も説明していないのに何でも説明できてしまいます。

つまり,これだけ多くの内容がコミュニケーション能力の中に含まれていると,職場で何か失敗をすれば,何でも「コミュニケーション能力不足のせい」にすることができてしまうのです。まさに万能の言葉です。

(ここから有料です。万能の言葉には他に何があるのか,またこのような言葉を使うときには何を注意すれば良いのかを考えていきます)

プラスティック・ワード

ドイツの学者で作家のウヴェ・ペルクゼンは,話し手もうまく定義できない言葉のことをプラスティック・ワードと呼びました。

プラスティック・ワードとは,科学用語に似ており,万能でどんな領域でも使うことができ,内容が貧弱で,歴史から切り離されており,その言葉を使うことで優位な立場に立つことができ,比較的新しいなどの特徴をもつ言葉のことです。

アイデンティティや承認欲求,精神年齢,知能,自己実現欲求,PDCAサイクルなど,学者が作り出して世の中に広まる,多くの事柄を説明できそうで便利そうな言葉がプラスティック・ワードの例です。そしてこれらの言葉はたいてい,世の中に広まっていくうちに,伝言ゲームのように意味が変わっていってしまいます

万能の言葉であるコミュニケーション能力も,プラスティック・ワードのひとつの例ではないでしょうか。ちなみにペルクゼンの本の中では「コミュニケーション」という言葉自体が,プラスティック・ワードの例として挙げられています。

女子力

同じような言葉に女子力があります。
これも使う人によって少しずつ意味が違っており,なかなか定まりません。
英語のgirl powerとも意味が違いますし,「女子力って何?」と聞くと「だいたいこういう感じ」とは答えられても,はっきりと定義を述べることができない,なんだかムズムズする言葉です。

内容が曖昧なだけに「女子力の向上」などと書かれると,ますます何が向上するのかよくわからなくなります。ほかにも,男子力とか教師力とか人間力とか就職力とか営業力とか,同じような言葉って,たくさんあると思いませんか?

Jingle & Jangle

学問をする上で,できればそのような万能の言葉を使うのは避けたいところです。万能の言葉は何でも説明しますが,それは「すべての人は人間です」と言っているようなものなのです。

Jingle-Jangle fallacies(日本語にうまく訳せないので「ごちゃまぜの誤謬」とでもしておきましょう)という言葉があります。

Jingle fallacy …… 本当は違うものなのに,同じ名前がついてしまっているので同じものだと見なしてしまうこと。
Jangle fallacy …… 本当は同じものなのに,違う名前がついてしまっているので違うものだと見なしてしまうこと。

コミュ力のような万能の言葉は,前者のJingle fallacyを生み出しやすいと言えるでしょう。

後者のJangle fallacyの例としては,自己肯定感,自尊心,自尊感情,自己満足感,プライド,主観的幸福感,などはどうでしょうか。それぞれ,概念上の区別はつくでしょうか。これらは心理学の論文でも用いられる言葉たちです。心理学の論文の中には相互の意味の違いについて説明しているものもあるはずですが,日常的に区別はされているでしょうか。

心理学では,これらの概念を表す言葉を使って調査をし,データを集めて統計的にまとめることで,それらの言葉が相互に違うものであると捉えられているのか同じものであると捉えられているのかを判断しようと試みます。これが最適な方法というわけではないのですが,多くの人の意見を集約するのはひとつのやり方です。

交換可能か

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