見出し画像

部下と上司とエトセトラ④

水面下

>ごめん、ホワイトデー遅れるわ。

 最上からそんなメッセージが来たのは、2月15日。バレンタインデーの翌日だった。

>どうしたんですか、突然?
>買ったには買ったんだけど、後でプレゼントの意味調べたら駄目なやつだった……。

 芳香としては、それよりも言いたいことがあったが、ツッコミどころが多すぎて、しばらく話に付き合うことにした。

>ハンカチとかですか?

 プレゼントとしては手頃なハンカチだが、「手巾」と書くことから「手切れ=絶縁」を連想するため、親しい相手に贈るのはよくないとされる。
 そもそも、親しくない相手にプレゼントを渡す必要はないわけで、そこにどんな意味があったとしても、芳香は気にするつもりはなかった。
 
>いや、違う。マシュマロとかでもないよ。

 文体から、マイナスな方向ではないのは明白で、芳香は思わず苦笑いを浮かべた。

>私、まだバレンタインすら渡してないんですけど……。

 そう送って立ち上がると、冷凍庫の中を確認する。
 そこには、買溜めた新作アイスや冷凍食品に紛れて、黒地のシックな箱があった。

 寮の隣同士だった頃はいざ知らず、部署も住居も離れた今、最上とは月に1度会っているが、今月はまだ予定が合わなかった。
 つまり渡していないのだから、返す必要はないのである。

(普通、ホワイトデーってバレンタインに貰って初めて成り立つものじゃない?)

 ホワイトデーは日本由来の、それこそ製菓会社の思惑に基づいたイベントだ。
 現代のバレンタインデーだって、原点的な意味合いとは大きくかけ離れた様相なのだ。
 デパートや百貨店では、ホワイトデーよりもバレンタインデーの規模が大きいように、バレンタインにチョコレートを貰った人限定のイベントではなかろうか。

>クリスマスにボディーミスト渡してきた時点で、プレゼントの意味もへったくれもないのでは?

 ふと芳香は、更衣室のロッカーに入れてあるボディーミストのことを思い出す。
 香水という括りで扱っていいものかは、分からない。だが、プレゼントの意味を調べる意識があるのなら、あれは何だったのかーーと芳香は思った。

 香水をプレゼントとして贈る場合の意味は、【独占欲】。
 確かに以前、「調香師だった母親の影響で香水を付ける習慣がある」と最上に話したことがあった。
 それが理由だろうことは分かっているものの、こうして「プレゼントの意味」を理由に挙げられると、疑り深くなってしまう。

>……とりあえず、今度会う時に渡すので、ホワイトデー云々はそれからにして下さい。

 冗談に対してのガチレスは、こういう時に効果をもたらす。
 そう誤魔化しながら、芳香はメッセージを送った。


 そうして、半ばプレゼント交換のようにして、最上から貰ったのは、夢の国のネズミを模したポシェット付きのTシャツだった。

男性から女性へ、服をプレゼントとした場合の意味は「その服を脱がせたい」
「自分好みの格好をしてもらいたい」

 それは、二人が一線を超えることになる、少し前のお話。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?