就活生がクリスマスコフレを買いに行った話
クリスマスコフレの季節。
1年前就活生だった私は様々な合同説明会に顔を出していた。
就活イベントは渋谷や新宿が多く、
どちらにせよ新宿をよく使った。
新宿の京王百貨店によることが多くて、
いつの間にか就活イベントの帰りにデパコスを眺めに行かないと胸焼けがする病気になった。そして何度か通ううちに心に決めた。
「今年はクリスマスコフレを買おう」
リップ好きな私はすぐにクリスマスコフレのリップセットを探し始めた。
TwitterやらYouTubeやら前年分のレポを漁りいいなと思ったのは、
資生堂のSHISEIDO ホリデーカラーズ ミニリップブーケ
個性ある色揃えで何よりミニサイズなのが使い切りやすそうだった。
SNSを見ても決めきれず実店舗に行って決めることに。
ただ私には心配事があった。
クリスマスコフレを現地で予約するには、美容部員さんとお話しなければならない。
服屋でも何でも店員さんと話す行為はそこまで得意ではない。
最短の手順で色を確認し購入するかどうかを決めること。最小限の会話で予約を済ませること。これが絶対だ。
いつものように合同説明会の帰りに新宿京王百貨店に寄った。ザ就活生の格好で人混みをかき分け資生堂のブースに向かう。
クリスマスコフレの展示がまだ出ていなかった。展示されている沢山のリップから自力で品番を見つける必要がある。
美容部員の方々は奥で違う客のカウンセリングをしている。チャンス、声がかからないうちにお目当ての品番を探し当てよう。私が探し始めたその時、
「あ、何かお探しですか、、、、」
!?!?
商品棚の後ろから男性が声をかけてきた。何たる死角!
この物静かそうなお兄さんが美容部員さん?
「あ、クリスマスコフレのリップのやつ買うか迷ってて…」
しどろもどろにならずにスッキリと伝えられた。
「ああ!お出しします!こちらどうぞ」
とお兄さんが少し顔をきらめかせて椅子を引いた。
椅子に座りリップを用意するお兄さんを見てドキドキした。
男性にお化粧をしてもらうのは初めてで何となく緊張した。
「今年のクリスマスコフレの色はこんな感じです」
5つのリップをガラスに乗せて見せてくれる。
「今年のクリスマスコフレは何というか、○○っていうか僕はもうちょっと××」
お兄さんは色について自分の感想をモゴモゴと語り出す。
その口調がオタクみたいで面白かった。この人は本当にコスメが好きなんだと感じた。何を言っているかは少ししか聞こえなかったけれど。
「まずはお客様のリップを落とさせていただきますね」
クレンジングオイルを含んだコットンを持ってお兄さんは言った。私はそこで今日はリップをしてこなかったことに気づく。忘れたんじゃない、タッチアップしてもらえるように付けなかったのだ。
「あ、今リップしてないんです。だからこのまま塗っちゃって大丈夫です」
するとお兄さんは稲妻に打たれてような顔で、
「えええ、それって元々の色なんですか!?」
と言った。驚くのも無理はない。私の唇は素の色味が強く、すっぴんでも何かしら塗っているような色をしている。
文章にするとリップを塗らなくて済む便利な唇に聞こえるが、私はこの唇がコンプレックスだった。下の唇の色が強すぎてリップをつけても思ったような発色にならない。
「この唇、嫌いなんですけどね」
「えええ、どうしてですか!?」
それまた大きい声。この人興奮した時の声のボリューム凄すぎる人だ。
そしてお兄さんは続けた。
「素の唇でこんなに色味がある人いませんから、もっと大切にしてください。」
私は呆然としてその言葉を反芻した。大切にする、とは。
「ご自身の個性をコンプレックスと捉えて隠そうとされるお客様は多いです。
でも僕はその人らしさを引き出すメイクをしてあげたくなります」
男性にメイクをしてもらうことに身構えていた自分を恥じたくなった。
この人はメイクという”手段”を自分の中でどう使いたいかが明確な人だ。商品を売る人だけれど”売る”の先に自分の美学がある。
美容部員さんに5色をタッチアップしてもらい、私は購入を決めた。帰りの電車の中で窓に反射する自分の唇を確認する。ベージュにオレンジを重ねた、今まで見たことのない自分の唇があった。
売りたい、だけじゃないんだな。
次にデパコス売り場の美容部員さんに話しかけられても今日のことを思い出せば大丈夫な気がした。
今でもあの美容部員さんを思い返す。
仕事は手段に過ぎず、その先のミッションが感じられる。
そんな社会人になりたい。
合同説明会よりもずっと勉強になる体験ができてしまった。
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