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PandaShoujoの秘密兵器? ゲームシナリオライター『おおるりしん』の実力とその魅力(前編) ※ネタバレ&エロ要素有


前書き

 前回の記事で、サイバーステップのプラットフォーム『PandaShoujo』が送り出した『宿主ガードマン』について書いた。18禁ゲーム、つまりエロゲーだった原作のシナリオを徹底的に改造し、ダークヒーロー物と人情物の2つが詰まった熱い物語に仕上げた怪作である。
 このシナリオ改編に携わったであろう人物が、スタッフロールに名前が乗っている『おおるりしん』氏である。氏は私がこの記事を書いている3月25日時点で発売されているPandaShoujo作品のうち、最新の4本のシナリオに関わっている。新しい順に、
強運傭兵と宝石の姫騎士 - Fortunate Duo -
ぽかぽかママ恋温泉 ~Mommy's Warm Hot Spring~
ぐうたら娘更生計画 ~Neet Girl Rehabilitation Plan~
そして
宿主ガードマン
の4本である。
 今回はおおるりしん氏の関わったこの4本のうちの2本、『強運傭兵と宝石の姫騎士 - Fortunate Duo -』と『ぽかぽかママ恋温泉 ~Mommy's Warm Hot Spring~』の2本を同時に紹介しようと思っていたのだが、分量があまりにも多くなりすぎてしまったので前後編に分けることにした。 

原作ゲームの詳細と登場人物

 今回取り上げるのは2024年3月14日に配信されたPandaShoujo最新作『強運傭兵と宝石の姫騎士 - Fortunate Duo -』である。これはブラックカラントから2016年11月25日に発売された『白濁の姫騎士~果てなき淫獄の回旋曲(ロンド)~』(公式サイト。18禁なのでアクセス注意)が原作となっている。ここでは便宜上白濁の姫騎士を原作、宝石の姫騎士をPandaShoujo版:PS版と呼称する。

原作のあらすじ
>ここではない何処か。多くの種族が暮らす地では、種族間の抗争が相次いでいた。

>近頃、魔物たちは魔王という強大な王に束ねられ、勢力を増している。
>逆に人間は他より弱い種族とされ、蹂躙されるばかり。
>国同士で連携し、連合国を作るも、所詮は寄せ集め……

>そんな中、姫騎士が蛮族討伐に立ち上がる。
(公式サイトより一部抜粋)

 いわゆるエロファンタジー物である。敵はゴブリン、オーク、スライム、リザードマン、蟲、触手、亡霊、そして魔王の8勢力だ。
 そしてそれら魔物に立ち向かうのが、紅玉の国・翡翠の国・瑠璃の国の三国の姫騎士達であり、プレイヤーは彼女らを補佐するフリーの傭兵アルフとなって魔王を打ち倒すため共に戦うこととなる。魔王は人間を抹殺するための強大な魔法、大魔術の用意を行っているとされ、人間たちに残された時間は少ない。
 以下が主な登場人物である。4人しかいないので紹介はすぐ終わる。

シェリル=ハノーヴァー(CV:星空ユメ):紅玉の国の姫騎士。剣の達人。少々高飛車なところがあるが優しい性格で、兵士たちからも慕われている。趣味はチェスだが子供レベルの腕前。頭を使うよりも体を動かしている方が得意。
イヴ=セシル(CV:月永りと):兵法に長ける翡翠の国の姫騎士。剣を使わせても達人級。側室の娘であり、王位継承権も低いため戦で活躍してアピールしたいと考えている。マイペースで優しい性格だが男性がやや苦手。
メアリー=ゴドウィン(CV:義仲愛):子供っぽい性格をした瑠璃の国の姫騎士。敬愛していた兄を魔物との戦争で亡くし、仇を討つために立ち上がった。主人公のアルフが兄とそっくりなため、アルフの事を「お兄ちゃん」と呼ぶ。
・アルフ=オルコット:主人公。流れの傭兵で、特筆すべき能力はない。それでも幸運にも今まで幾多の戦場で生き残ってきたベテラン。

 今回は原作の内容が割とボリューム豊富な上、少々特殊な構成のゲームになっているため詳細を解説したいと思う。

原作の一連の流れ

・ゲームを開始してすぐに選択肢。『シェリル姫・イヴ姫・メアリー姫の誰に仕えたいか?』を仲間の傭兵に聞かれたアルフは、3人のうち誰かを選択する。その時点で個別ルートに入るため、仮にシェリルを選んでしまうとイヴとメアリーは登場しなくなる。

・個別ルートに入ると初陣で必ず敗北する。シェリルとイヴはゴブリンの部隊に敗れ陵辱、メアリーはオークの部隊に敗れ陵辱される。

・ここからが本当のゲームスタート。進軍するか、訓練を積むかを選ぶ事になる。下の画像を見て欲しい。

実際のゲーム画面。魔物の軍勢に挑むか、鍛錬するか選ぶ

『人の領域』から近いエリアにいる魔物の軍勢に侵攻を仕掛ける事ができる。最初に挑む事ができるのは『ゴブリン草原』とオークが闊歩する『高原地帯』だけだ。そして『人の領域』を選ぶと訓練をすることができる。魔物の軍勢に勝利すれば先のエリアに進軍することが可能になる。
 訓練が足りないと魔物との戦闘に敗北し、エロシーンのCGを見る事ができる。どの魔物に何度訓練すれば勝てるのかは決まっているが、それぞれの姫騎士には苦手な相手がおり、絶対に勝てない相手も存在する。
 難易度自体は低い。ある程度訓練してしまえば苦手な相手以外に負ける事はないので、魔王城まで一気に攻め込んでクリアしてしまえる。しかしそうすると敗北した際のエロシーンを見る事ができない。イベントコンプのためには自分が何度訓練すればどの魔物に勝てるのか、を把握して、なおかつセーブデータを小分けにして何度も敗北を繰り返さないといけない。私は途中でGoogleスプレッドシートに訓練を『何回やったら勝てるか表』を作り、それを見ながらセーブデータを作ってCGを回収していった。おそらくこの訓練回数は3人の姫で共通らしい。

何回やったら勝てるか表。かなり雑に作ったので間違いも多いと思う

 流れとしてはこんな感じで、訓練不足で敗北を何度も重ねてしまうと姫の心が折れて魔王軍に拉致されバッドエンド。特定のエロシーンを見た状態で魔王を討伐するとノーマルエンド。最初の敗北以外負け無しのまま魔王を討伐するとトゥルーエンド。
 これが原作のゲームである。

PandaShoujoに移植されて一体どうなったのか

 そしてPS版の話になる。Switchというゲームハードに移植するに当たって、当然エロシーンは全削除である。今回のPS版も前回の記事で取り上げた宿主ガードマンのように、スタッフによって大きく手が加えられている。宿主ガードマンは基本設定もシナリオも原作とかけ離れた内容だったが、今作は『原作を下敷きに徹底的に細部の肉付けを行う』という行為に出た。
 また、訓練回数で進軍出来るエリアが広がるというシステムはオミットされた。最初の選択肢で選んだ姫のルートはシナリオの分岐等はなく、一本道のストーリーを読んでいく事となる。つまり3本のシナリオの入った読み物ということになる。低価格のADVゲームではたまにある仕様である。宿主ガードマンも重要な選択肢自体は最初のルート分岐だけで、後にある選択肢はどちらを選んでも話は変わらなかった。

PS版のあらすじ
>人間は魔王の軍勢の侵略を許してしまった。
>後に『人魔大戦』と呼ばれる時代である。

>魔王討伐のため立ち上がる国があれば、その隙をついて戦争を仕掛ける国もまたあった。
>人と魔の戦いに留まらず、人と人との戦いも絶えることはなく、全土が乱れた。

>運のいい傭兵アルフは酒場で仲間と酒を飲みながら、
>いつか手柄を立て、姫騎士の側近ぐらいにはなってやろうと大望を抱いている。

>宝石の名を持つ『三大国』の姫騎士、紅玉の国の姫シェリル、翡翠の国の姫イヴ、瑠璃の国の姫メアリー。
>女性でありながらも魔王討伐のため最前線に立つ彼女たちは、まさに救世主とも呼ばれていた。

>アルフは決心し、三大国の1つへと向かった。
>救世主側近の兵士となるために――。
(e-shopの説明欄より)

 大筋では原作と大差ないように思える。しかし原作には『人魔大戦』というものは出てこなかったし、魔王軍と戦っている人間の国に戦争を仕掛ける別の国の存在も示唆されていない
 ゲームを開始して最初のテキストからして、もう原作とはかけ離れている。「抗魔結界の技術を持つハターグ王朝の崩壊により、人類は魔王の軍勢の侵略を許してしまった。後の歴史家によって『人魔大戦』とされる時代である」というモノローグが入る。ハターグ王国は魔物との戦いで疲弊し、その隙を突いて隣国リムナルドが攻め入ってくる。この世界では人間と魔物の争いで死ぬ人間より、人同士の争いで死ぬ人間の方が多いのである。
 この辺りは原作には全くなかったし、以降も原作にない描写が続く。

・そこら中で戦争をしている世界なので、治安は劣悪。こそ泥のような傭兵が戦場で死んだふりをして、騎馬に踏み潰されないよう(実際踏まれて死ぬ者も多い)じっとして戦闘が終わるのを待つ。そして戦闘が終わったら死体から武器や防具を剥いで回り、金に換えて酒代に消えていく。そんな時代である。

・教会である『太陽信仰』は教皇が異国からやってきた穀物、ジャガイモの毒で死んでしまい内紛状態にある。がめつい宗教である太陽信仰は多額のお布施を要求、弱小貴族程度では反抗したら即座に潰されるほどの権力を有している。

・姫騎士が纏う甲冑についてアルフが思いを馳せる。貧困に苦しむ農民達の稼ぎの一体何倍の額を出せば、甲冑などという高級品を手に入れられるのか。

・アルフはもし自分が仕えるなら「戦争観の弱い姫は嫌だ」と言う。実際に死んでいる兵士もいるのに、そういう現実を持たない姫は嫌だ、ということだ。

 以上の点は原作にない描写である。3人の姫のうち誰を選ぶかの前、プレイ時間にしてほんの数分の共通ルートでさえこれだけテキストや描写が追加されている。3人の各ルートも驚くほどテキスト量が増えている。具体的に見ていきたい。基本的に「原作にもあったが~」等の記述がないものはPS版オリジナルである。

エロファンタジーからエロを抜いた後に残ったもの

シェリルに仕える事を選んだ場合、仕官するまでの流れは一緒である。チェスの相手としてシェリル姫のお眼鏡にかなったアルフは側近としてチェスの相手兼兵法の指南役となる。
 原作だとゲーム開始5分ですぐゴブリンに負けて陵辱されていたシェリルだが、こちらでは何の問題も無くゴブリン軍団を蹴散らすことに成功する。

 問題はここからである。ゴブリンを倒して勢いづいていたシェリル達だが、次に立ちはだかったスライムに苦戦を強いられる。毒を撒くスライムが後方に控えており、シェリル達の部隊が毒にやられて動けなくなってしまう。シェリルはスライムに囚われてしまった。毒にやられた兵士達が悶え苦しむ描写があった後「何もせずに人間は死ぬ。かよわい生き物だから。」というモノローグが入る。個人的に好きなテキストだ。
 原作では流れこそ違うものの、負けたシェリルがスライムに襲われるエロシーンが入る。しかしPS版では『スライムの体液でシェリルの肌が爛れるまで焼かれる』という描写になった。スライムの体液で鎧が溶かされるのは原作にもあったが、PS版ではエロからガチの攻撃描写に切り替えてきた。

 また、次のオーク戦ではオークとの知恵比べに負け、部隊を東西に分けた結果各個撃破されてしまう。その際のオークの首領の台詞が印象的である。「沢山いる東の兵と、釣られた少数の西の兵、どっちを殺すか! 答えは『両方殺す』!」
 そしてオークに捕まってしまったシェリルは拷問を受ける事になるのだが…個人的にシェリルルートで一番印象的なのがここである。原作でもオークに敗北すると囚われて拷問を受け、その後エロシーンになる。しかしPS版ではエロシーンがカットされ、最初の拷問シーンだけが繰り広げられる。「女の腹を見たら訳もなく殴りたくならないか?」と言う一匹のオーク。苛烈な暴力を加えられ、あらん限りの悲鳴を上げるシェリル。そんな彼女に対してオークはただひたすら淡々と、作業のように拷問を加える。情報を得るためではなく「何となく習性で殴りたくなったから」暴力を加えている。拷問は初めてだから勝手が分からない、みたいなことまで言ってのける。あまりの苦痛に心が折れかけてしまい「どうしたら助けてくれるの」と問うシェリルに対して、オークは淡々と「死んだらいいんじゃないか」と答える。
 オーク連中は命の価値というものをまるっきり理解していない。自分たちが明日死ぬかも知れないことを自覚しているにもかかわらず、オークたちは恐れも何もない。原作だとこの後エロシーンなのでとりあえず性欲のようなものはあるのだろうが、PS版だと拷問だけされて終わりなので「人間とは精神構造が全く異なる怪物なのだ」ということが印象づけられている。
 エロファンタジーからエロを抜いた後に残ったのはリョナだった。

それぞれの姫騎士達

(シェリル編) 
 敗北を重ねながらも着実に成長していくシェリルたちは、ついに魔王の城までやってきた。ここまでに魔王軍をまとめて蹴散らしてきているため、士気も高い。このまま一気に魔王を討伐出来る雰囲気である。ちなみに原作の魔王は見た目があまり強そうに見えなかったが、PS版では魔王のキャラグラ自体がなくなった。下は原作の魔王である。

言うほど魔物の王にふさわしい姿だろうか?

 原作ではただ強いだけの竿役でしかなかった魔王が、PS版ではかなり改編されている。王とはいえ、その気質は基本的に気高い一兵士であり、台詞の端々に威厳と、もう後のない悲壮感を漂わせている。シェリルに限らないのだが、PS版の魔王は姫騎士との戦いでは渋すぎる台詞を沢山言う。シェリルルートだと
「我が子らもみんな、みんな散っていったのだ」
「今更、死を飾ろうとは思わぬ。惨たらしく、戦においては滑稽な死もある」
「(死んでいった部下に対して)…我が殺したようなものだ…」
「ふ、っ、ははは……! こんな相手に殺されるなら、私も幸せ者だな」
「…素晴らしい死に際だ」
「沢山の部下を死なせた我が、何故、このような死を迎えていいものか……(原文ママ)」
 
こんな感じである。

 死闘の末魔王を倒し、世界には平和が訪れる。しかし戦後の処理という難題が待っていた。傷病兵に給付金が出され、大勢が故郷へと帰っていく。ここでシェリルとアルフは現実を見据えた厳しくも寂しい台詞を言い合う。
「このカーテン布も、ガラスも、市民の労働で出来ている。それが国よ。割れたガラスはどこへ行くの? ほつれたカーテンはどこへ行くの? 戦で心的外傷を負った兵士は?」
「荒れるのでしょうね。でも、いずれ、自らの道を見つけ出すと思うのです。しかし、うちの一部の兵士は壊れたまま……」
「なんだか…私は、まだ続いているような気がするわ」

 実際に終わったわけではないのは事実である。魔王軍、つまり魔物との戦いは終わったけれども、人間同士の争いが終わったとはどこにも書かれていない。紅玉の国もいつまた戦禍に見舞われるか分からないのだ。
 つかの間の平和を享受する紅玉の国。この後の展開は原作のトゥルーエンドと同じである。世界の状況を鑑みると素直にめでたしめでたしとは言えないが、ハッピーエンドである。

(イヴ編)
 翡翠の国に仕官に来たアルフの前に宮廷魔法使いの女が現れる。彼女曰く、アルフの体内に流れる魔力は姫であるイヴの魔力と相性がいいとのこと。この辺りの流れは原作と同じなのだが、モブ同然だった魔法使いがやけに有能に描写されている。
・アルフがあらかじめ来ることが分かっていたかのように振る舞い、好物の料理(しかも作りたて)を提供する
・転移陣と呼ばれるワープ魔法を使い、様々な場所に軍隊を派遣する。
・煮沸しないと中るため生水が飲めない世界で、そのまま飲んでも大丈夫な真水を魔法で生成出来る
など

 魔法使いの薦めでイヴの側近になったアルフはイヴに剣術や兵法の指南をしようとするが、イヴは何でも出来るため逆にアルフが教えを請うような形になってしまう。それでも「自分が教える事も成長だから」とイヴは言う。

 原作の初陣でゴブリンに敗北したシーンは当然カット。個人的にはあのときのイヴの台詞「お願いします、見逃してください……っ、何でもします」に対するゴブリンの「何でもするなら、何でもしろよ」という台詞が好きだったので、なくなったのは少し寂しかった。

 前項で「エロファンタジーからエロを抜いたらリョナが残った」と書いたが、リョナ趣味なのはシェリル編だけでイヴ編・メアリー編は双方ともショッキングなシーンもお色気のあるシーンも少ない。原作だと帯電するスライムに負けたイヴは電気ショックを食らいまくって失神するのだが、PS版では何もなし。オークに敗北するが捕まる寸前でアルフがイヴを救出し拷問等はなし。ただしオークに敗北した責を感じたアルフが自ら刑に処される事を望み、背中を鞭で40回叩かれる。また、魔王が大魔術をそろそろ完成させそうだという情報が入る。

 本来であれば順調に魔王軍討伐を終えて魔王城まで一直線のはずなのだが、魔王城前にある戦場跡に出現する亡霊には聖水が無ければ攻撃が通らないということだった。聖水は教会、つまり太陽信仰が管理しているのだが、教皇の死による内紛で揉めに揉めており、翡翠の国が軍を出して強制的に聖水を取り立るはめになった。
 そこで魔王の画策していた大魔術が発動し、翡翠の国を襲う。城は破壊されイヴの両親を含めた多くの人間が亡くなる。ここは原作で意図的にプレイをもたつかせていないと起こらない第2のバッドエンドルートと同じ流れである。原作ではこの後魔王軍に捕まりイヴは苗床化するのだが、PS版では逃げ延びることに成功する。
 生きていた魔法使いの力を使い、魔王城に直結する転移陣を作る事に成功するイヴとアルフ。なぜそんな都合のいいものが出来たのかというと、魔王配下のアンデッドたちは大魔術を使う事に反対していたからだという。魔物と化しても元は人間だったアンデッドたちは、自らの故郷を焼くような真似に賛同は出来なかったという。魔法使いがアンデッドと話を付けて、魔王城の正確な位置を知る事が出来たのだった。

 そしていよいよ魔王との決戦の時が来る。魔王はただでさえ老体で衰えている上、大魔術を使ってさらに疲弊していた。死を覚悟して襲いかかってくる魔王。
「道連れだ。私が地獄に落ちようが、貴様が天に召されようが、関係なきことだ!」
敗れ去った後
「散っていった者たちの家族にとって、地獄は終わらぬぞ。平和など存在しない。戦いの後は、特にな…。我が妻──散っていった魔皇后ナヴィリエルに、人の血を少しでも捧げられただろうか」
 人間に復讐するために戦っていた事をほのめかし、魔王は息絶える。

 この後の展開はシェリルルートと同じく、姫騎士とアルフの婚約で終わりである。しかし国を再建するのには途方もない時間がかかるだろうし、魔王は倒れても人間同士の争いはなくなっていない。前途が明るいとは言い切れない。
 そして意味深な行動を繰り返していた魔法使いの話が入る。かつての魔王の妻だった魔皇后ナヴィリエルの過去。大魔術の謎。自分が何故アルフをイヴの側近に推薦したのか。これらについて語られる。
 原作ではこのような展開は全くない。原作イヴ編の魔法使いはモブ同然で、
・最初にアルフをイヴに推薦する
・途中で2、3回出てきてどうでもいい事を言う
・最後に出てきてしょうもないオチで締め
というだけのキャラクターだったが、PS版のイヴ編では超重要キャラクターと化している。
 これがPS版のイヴ編である。原作のバッドエンドルートから奇跡の大逆転を起こし、トゥルーエンドに繋げるという離れ業をやってのけている。

(メアリー編)
 メアリーのいる瑠璃の国は小国のため戦力が少なく、アルフのような流れの傭兵でも手柄さえ立てれば立身出世の道はある。アルフは仕官しようとするが、大将である姫騎士メアリーの態度に嫌なものを感じ取る。
 メアリーは実年齢に比べて精神年齢が極めて幼く子供のような性格をしている。アルフが死んだ兄に瓜二つだからと初対面で「お兄ちゃん」呼ばわりし、火矢を使うゴブリンの軍勢を相手に騎兵が使えず敗走したことを聞いても表情一つ変えず人ごとのような態度。「ハズレだ」と思ったアルフは仕官の場にも関わらず王族のメアリーに対して説教をしてしまう。
 この説教、メアリー編でも屈指の名台詞なので長いが引用させてもらいたい。

「姫様。戦争なんですよ。伝令の報告に顔色も変えず『お兄ちゃん』と言われてもね、こっちは現実を生きているんです」
「あなたは現実を全く見ていない。いいですか、俺はあなたの兄ではありません。現実を見てください。戦地で包囲されたとき、将を生かすために下の兵士が何人死んでいくのか、見たことはありますか? 将は馬で川を渡り、森から森へ逃げる。屈辱ですよ。『枯れ枝を持った奴ら』と騎士が蔑む弓兵どもに、馬が殺されて、馬上から投げ出される。泥まみれで逃げる自分をよそに、あたりで時間稼ぎのために兵が追っ手と戦い、減っていきます。それを見ながら逃げる将軍は、心の中でわびることしか出来ない。そういうかっこ悪いやり方をしてでも逃げなければいけないんですよ。指揮官は。あなたは民の上に立つ方のはず。子供とて現実逃避は許されない。戦地において無能は罪。仕官は、辞退させていただきます。あなたは沢山兵士を殺しそうですから」
「あなたについていけば、私もきっと殺される。戦争は誰が起こすのかご存じですか? 馬鹿な権力者です。一人の判断で、万の命が消えます。あなたは『現実において人が死んでいる』ということを、理解していますか。とてもそうは思えない。肉親の死すら受け入れられないで逃避して、なにが姫だ。戦争を舐めるな。現実を見ろ」

 この台詞は原作にはない。最初にアルフが言っていた「戦争観の弱い姫は嫌だ」というのはここにかかってきている。
 その後アルフは元いた酒場に帰ってきてしまう。そしてもう一度選択肢が出る。シェリル姫に仕えるか、イヴ姫に仕えるか、それとももう一度メアリー姫に仕えるか。ここでもう一度メアリーを選択する事で個別ルートに入る。

 公の場で王族に対して無礼な口を利いたため、アルフは瑠璃の国ではおたずね者扱いされていた。しかしもう一度仕官したいと申し出たところメアリーは喜び、王族の権力で罪は帳消しになってしまう。この甘いやり方に、アルフは心の中で「俺はいずれ死ぬだろうな」と思う。

 メアリールートでもリョナ展開はほぼない。原作だとオークにマウントポジションからパウンドの連打を食らって顔面が変形するとか、スライムに負けて首締めプレイを強要されるなどがあったがPS版にはない。

 メアリールートでは、何かあるとアルフが過酷な現実に打ちのめされていることを示す台詞をよく言う。子供が子供らしく笑って楽しく生きられる世の中になってほしい、そのためメアリーには強くなって欲しいと。
 印象的なシーンがある。実力を付けてきたメアリーとの訓練が終わり、一緒に昼寝をしようと誘われるアルフ。アルフは王族が使う上質な布団に使われている布を手に取って呟く。
「…どうして、幸せを積み上げようとするのでしょう」
「なんで? おかしいかな」
「死の間際にはみんな…故郷の母に会いたいとか…田を耕していたかったとか。幸せなんて、悲しさの種でしかないような気もするのです」
「人は幸せになりたいものなんだよ。西の領主が言ってたもん。弱い者の幸せを少しでも手助けしてやるために、人は散っていくんだって。だから今だけは…お兄ちゃんのふり、してよ」
 
争いのなくならない現実に打ちひしがれるアルフと、最愛の兄を失った現実に直面しながら何とか自分を保っているメアリー。PS版のメアリー編は印象に残るシーンが多いのだが、私の一番好きなシーンはここである。

 言動こそ子供っぽいが、メアリーには剣士としても軍師としても才能があった。アルフは時には厳しく、時には甘やかしつつもメアリーを育てていく。瑠璃の国が擁する特殊部隊『瑠璃氷槍衆』のメンバーにアルフと友に選ばれたメアリーは才能を開花させ、めきめきと実力を付けていく。瑠璃の国の旧国土だったオークの住処を滅ぼした事で国土を取り戻す事が出来、かつてこの地に住んでいた人々から「これで墓参りが出来る」と感謝されるメアリー。この頃には既に甘えは消え、指導者としての本格的な自覚が芽生え始めていた。

 そして魔王との決戦がやってくる。
「人間どもめ…その強さに、心から敬意を表する。しかし、手折られるのが人として生まれたお前達のさだめ」
 魔王は既に老体であり、アルフとメアリーの攻撃をさばけず倒れる。
「ついに、有能な世継ぎは現れなんだ。2000年前に第一王子と第二王子は殺され、1600年前の娘は人の勇者に討たれた。第四から第十二はみんな、帰ってこない。第十三と十四も、討たれた。我も、その姫のような子に恵まれたかったものよ…」
最後の最後に後悔の言葉を述べる魔王。そんな魔王にアルフは言う。
「でも、かわいい子だったんだろう?」
「ああ。みんなかわいい子だった」

 そう言い残して死んでいく魔王。メアリーは魔王の気持ちを慮り、少しだけ泣いた。
 魔王は一枚のキャラグラもないのだが、どのルートでも気高く、そしてどこか人間くさい一面を持った敵として魅力的に描かれている。

 この後は原作のトゥルーエンドと同じ流れである。実力を付けたメアリーは自分の剣の腕を試しに諸国漫遊の旅に出る。お供はアルフ。原作と少し違い、アルフは魔王との決戦で右腕が呪われてしまっており自由に動かなくなっている。その呪いを解ける魔法使いを探すのも兼ねて、二人は世界を旅して回るのだった。そうしてハッピーエンドである。

エロファンタジーからエロを抜いた後に本当に残ったもの

 長くなったが、ここまでが大まかな3人の姫騎士のルートである。シェリルルートのようなリョナ展開は思ったほどではなかった。では一体、原作からエロを抜いたあとに何が残ったのか。
 それはこの世界の過酷な現実である。生水は中るため煮沸しなければ飲めず、酒にしてごまかしながら飲むしかない。人間同士の戦争は終わらず、庶民は安酒と安い食べ物で日々過ごしている。毒のあるジャガイモを餌にして豚を育て、その肉で食いつなぐ人々。紙の本は市場には出回らず、でまかせの書かれた木切れが魔導書と偽って売られている。救いとなる教会は内紛を起こして機能不全だ。メアリールートだと亡霊と戦う際に聖水を用いようとしたが、用意した聖職者がボンクラだったため効果が十全に発揮出来なかったという出来事もあった。翡翠の国は城が破壊されて政を十分に行える状況ではない。瑠璃の国は小国で、魔王軍と戦うという大義名分があったため商人から資金のバックアップを得られていたがそれもなくなった。メアリー曰く「経済の戦いも、しなくちゃいけないんだろうね」。紅玉の国はまだマシなほうなのだろうか。
 結局のところ、魔王を倒してもこの世界自体は大きく変わったわけではない。人類の共通の敵が倒れた以上、今までよりさらに人間同士の争いが大きくなる可能性もあるのだ。荒涼としたダークファンタジーの景色が、そこにはただ横たわっている。

強運傭兵と宝石の姫騎士が抱える『ゲーム外における』構造的欠陥

 ここまで『白濁の姫騎士』と『強運傭兵と宝石の姫騎士』の話をしてきた。PS版は原作に比べて徹底的にディテールを強化し、ダークファンタジーとしていっぱしの作品に仕上げてきた。追加された描写はまだまだ大量にあり、この世界の文化・風俗がより緻密に設定されていることが分かる。文句なく名作である、と断言したいところなのだが、ここには作品を評価する上でちょっとした罠がある。ゲーム内容とは関係ない、構造上の欠陥である。
 私は原作を先にプレイした。幾度も書いているように、原作にはPS版の様な詳細な設定はない。紅玉の国の食文化、剣豪として知られたシェリルの父親、翡翠の国にやってきたアルフに差し出されたのが黒パンではなく柔らかい白パンだった、瑠璃の国で使われている通貨の名前は『マニエ銅銭』…あげればキリが無いほどだ。だから私は原作後にPS版を遊んで「ここも違う、あそこも違う!」と興奮しきりだった。そんな人間にとっては、PS版は原作を大幅にブラッシュアップした名作だと思える。しかし原作をプレイせず、PS版だけをやった人はどう感じただろうか。
「何か見た目に反して結構エグいけど、普通のADVだな」
 こういう感想を抱くのではないだろうか。剣を持って魔物と戦う美少女騎士。シビアな世界観のダークファンタジー。暴力描写。要素だけ取り出してみると、割とどこにでもある作品だと言われても仕方ないと感じてしまう。
 遊ぶなら原作とPS版を買い、違いを見比べながらが一番。そう言う他はない。加点方式なら100点だが減点方式だと70点になってしまう、そんな作品だ。

グラフィックの差異について

 一応これだけは書いておきたい。原作とPS版は双方ともキャラクターデザインが東雲めかぶ氏なのだが、全くといっていいほどタッチが異なっている。例として上げるこの2枚のうち、上が原作のシェリルで下がPS版のシェリルである。

原作のシェリル
PS版のシェリル

 露出が少なくなっているのはCS機で出すから仕方ないとはいえ、別人が描いたと言われても信じてしまいそうだ。
 どういうことなのか分からず困っていたところ、steam版の商品説明ページにこう書かれていた。

>The original illustration is loaded and the illustration is generated by AI.
(オリジナルイラストを読み込み、AIがイラストを生成します。)

 東雲氏のイラストを取り込んでAIで改めて生成したということだろうか。リファインの手間がはぶけるのか、私はAIに詳しくないのでなんとも言えないのだが。

終わりに

 PS版の様々なディテールの追加に、原作にはいなかったシナリオライターのおおるりしん氏が関わっているのは間違いないだろう。宿主ガードマンでも見せた、力業とも言えるやり方で原作を改編させるその手腕は驚くべきものがある。今回はあくまで「原作に追加された要素」について述べてきたが、後半では宿主ガードマンでもあった「設定自体をいじくってシナリオそのものを変えてしまう」作品について語っていきたいと思う。

PandaShoujoの秘密兵器? ゲームシナリオライター『おおるりしん』の実力とその魅力(後編) に続く。


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