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潜航機動隊

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記事一覧

かくて開花

 ぱちりと両目を開けたら、自室の照明と目が合った。
 「………?」
 見慣れているはずの景色なのに、一瞬、ここがどこかわからなくて混乱する。先ほどまで自分は青空の下にいたはずで――いや、青空だったろうか。そもそも外にいただろうか、いや、そんなことはない。
 ――あっ、夢か。
 違和感の正体がわかるとともに、やっと混乱が解けた。起き上がって伸びをすれば、身体の重みが確かにこここそが現実の世界であるこ

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日華

 ――旧オーストラリア大陸の端のどこかにて。

 青い空の下を湿った風が吹き抜ける。どこまでも広がる空から太陽の光が燦々と降り注ぎ、果てなく広がる大地を温める。雲の動きは少し早いくらいで、まだ雨もしばらく降らないだろう。新都心では十二月は冬の月だったが、ここ旧オーストラリア大陸では夏真っ盛りだ。
 太古の人類の誰かが住んでいたかもしれない廃墟の骨組みに、海の底から何とか持ち込まれたブルーシートを被

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海上へ(後)

 遠くの方から聞こえるような微かな喧騒で、テッカの耳がぴくりと動いた。
 意識がふわりと浮いて上がる。目の前が暗かったので瞼を開けた。どうやら自分は眠っていたらしい。頬には固い机の感触がぺったり貼りついていた。剥がすように身を起こすと、
 『起きた?』
机を挟んだ向こう側で、ミライカが頬杖をついて笑っていた。
 「……? ミイちゃん……?」
 テッカは何度か瞬きをする。自分の今までいた状況と、今い

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海上へ(前)

 ビーッビーッと警告音が鳴り響く。同時にEBEの群れで覆われていた上方が、ぬうっとさらに深い影で塗り潰された。せっかく微かに見えていた太陽の光も遮られる。
 『海面付近に巨大敵性反応あり! ――海に侵入してきます』
 第三大隊の誰かが入れたオペレーションで、テッカドンは上を仰いだまま構えた。テッカは背中に伝う汗を感じながら、ごくりと唾を飲み込む。隣のミライカの雰囲気も引き締まった。
 『おいでなす

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海中にて

 今まで空だと思って見上げていた空間は、人工の太陽によって照らされていた。突き抜けるように青くて、層によって淀んでいたり澄んでいたりの差はあれど空気は軽くて、何より明るかった。
 だからテッカは知らなかった。空だと思っていた空間の向こう側――新都心の外殻シェルターの向こう側の海の中が、黒くて重くて、暗いことを。
 新しいテッカドンの腕は、以前のものとは違って四本とも同時に動かせるようになっていた。

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海底にて

 「……ミ、イ……ちゃん?」

 炎谷テッカの乾いた呟きに、名刀ミライカがふっと笑った次の瞬間、
 ガイン!
 「あだ!」
 テッカは文字通り飛び上がって頭をコクピットの天井にぶつけた。テッカドンがノアから出撃する前のオート操縦だったのが幸いだ。危うく前進が止まり、他隊員や機動隊全体に大迷惑をかけるところだった。慌ててコクピットに座り直すテッカだが、その丸く剥いた目は隣の席を凝視したまま。
 『お

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殻が壊れる

 その日の第五層には、霧雨が降っていた。
 排気ガスで汚れた空気中にじっとりとした細かな水滴が漂って、その臭いを天井のついた第五層の空間に閉じ込めてしまう。風もないので不快な湿度が立ち込めていた。
 空は濃い灰色だ。その正体がガスか煙か、はたまた人口の雲かの区別など誰にもつかない。第五層の人間にとって、そんな区別などどうでもいい。空の向こうに超大量の塩水の塊があることも、たぶん気にしている者はいな

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哀歌

 EBEの<女王>の卵たちを殲滅してから、数日が経つ。
 今日の第四層には朝から雨が降っている。午前中の訓練を終えて歩く廊下の窓を、人工の雲から落ちる人口の雫がぽつぽつと叩いていた。
 「………。」
 テッカは歩を進めながら窓の向こうに目をやった。どんよりとした灰色の空が、同じく灰色のビル群と混ざるようにして広がっている。ビルとビルの間では、車が、人が、ちょこちょこと動き回っていた。広い道幅でも足

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せんか

 ――きれいやなあ。
 ミライカの顔を真正面から見たテッカは、つくづくそう思った。
 のんきに感想なんか思い浮かべている場合ではないのはわかっている。ミライカの相貌が美人のそれに当てはまっていることなど、出会った頃から知っている。それでもなお、今の彼女の表情を目にすると、どうしてもその言葉しか出てこなかったのだ。
 いつもなら快活に開いて笑い声を溢れさせる唇が、今は弧を描きながら、はにかむような開

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間隙

 じんわりとした柔らかい温かさが、体の左側にあった。
 体の内側は胃も喉も酒のおかげで、あぶったように熱を持っていて。頬から額から、自分の肌から熱があふれて、周りの空気を温めて。でも、左腕から伝わる熱だけは自分のものではない気がした。もっと柔らかくて、ふわふわしていて、しっかりつかんでいないと離れてしまいそうな温もりだ。心地よくて、ずっとそこにあってほしいと思った。何なら、このまま右腕も回して抱き

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喧嘩

 ピピ、とオペレーションの通信音がした。続いてオペレーターのシャルルの声が聞こえる。
 「よ、四時の方向よりEBE接近中……30秒以内に座標に出ます」
 「はあい。炎谷、戦いますぅ!」
 テッカの合図と共に、飛行形態のアトランティスが変形する。翼は巨大な腕となって背中に貼り付いた。アトランティス本体の両腕とは別に付加されたこの一対の豪腕が、テッカドンの武器だ。
 中型のEBEがテッカドンの正面から

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着火

 ピンポーンと、聞き慣れたインターホンの音で意識が戻った。
 テッカは暗闇の中で目を開けて、しばらくショボショボと瞬きする。部屋の電気を点けていないので、まぶたを開けても閉じても真っ暗だった。やがてうつぶせに転がっている自分の身体の下に布団らしき布の感触があることに気付いて、自分が寝室にいるとわかった。
無意識で右腕だけを上方に伸ばし、部屋のロックを開ける。開いた扉をくぐった人物――ノヅチは、
 

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飲み会

 その朝、テッカは寝ているのか起きているのか自分でもよくわからないまま目が覚めた。
 「………。」
 ごろり、と寝返りを打つ。最近はどうも調子が出ない。何だかずっと、ぼーっとする。メディカルチェックも受けたが身体に異常はなかった。
 原因は確かめたわけではないが、心当たりがないわけでもなかった。前回、五層に帰った時に、すさまじい怒りを燃え上がらせたのだ。テッカは怒るのが苦手で、ここのところの不調は

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恥ずかしかひと

 「アイツ、五層で石を投げられたらしいぜ」
 誰かが誰かをそう噂する声が聞こえて、テッカはついそちらを振り向いた。声の主はもう食堂の雑踏に紛れている。誰の話かはわからなかったが、少なくとも自分のことではないとはわかる。まだ自分は石を投げられたことがないからだ。
 「ワシもこれから投げらるうかなあ」
 能天気なテッカでも、それくらいの心配と覚悟はしていた。00戦での第四大隊壊滅による潜航機動隊へのバ

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