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探している絵本  叶

わたしにはタイトル通り探している絵本がある。
先に述べておくが、おそらくその絵本は実在しない。
読者のみなさんにはここから先に書くことについて、
わたしの妄想または夢だと思い読み進めてもらいたい。


わたしがその絵本について興味を持ったのは今年の四月、
通っているとあるサロンの施術担当者さんからこのような話を聞かされた。

「わたしが幼少期に大好きだった絵本、
何故かこの世から消えているんです」

その絵本について担当さんの言葉を元にまとめると

・表紙が紫色のフランス語の絵本
・主人公は先天性の疾患で頭部の繋がった四つ子(末っ子だけ男の子)
・四つ子はその見た目から幼稚園や学校でいじめに遭う
・小学校に上がり知恵をつけた四つ子はいじめっ子に復讐を始める
・復讐の内容はトイレに接着剤を塗りいじめっ子をくっつけてその場から動けなくする、など非常に幼稚なもの
・最後には自分たちをこのように産んだ両親をオーブンで焼いて食べる

ざっくりいうとこのようなものである。
上記をわたしに話した後、担当さんは続けた。

「小さい頃はよく叔母が遊びに来てて、
わたしと妹のためにその日は三冊の絵本を持ってきてくれたんです。
叔母は仕事の関係でフランス語が流暢で、
一冊だけフランス語で書かれたその絵本を読み聞かせてくれました。
小さかったわたしにはショッキングな内容でしたがそれが逆におもしろくて。
叔母にせがんで何度も読んでもらってるうちに自分で内容を覚えて、
毎日のように読んでいたんです」

フランス語の絵本であることに驚きはしたが、
読み聞かせてもらった絵本を幼児が丸暗記してしまう、というのはよくあることだと思う。
わたしも白雪姫やシンデレラを丸暗記していた。

話が奇妙になってくるのはここからだ。
担当さんが続ける。

「少し前に実家に帰省したときにその絵本のことを思い出して探したんです。
でも、どこにもないんですよ。
母に聞いたら『そんな絵本は知らない』なんて言われちゃって。
今でもわたしは絵柄も内容もはっきり覚えていて、
そのくらい本当に毎日何度も繰り返し読んでたんですよ。
娘がそんな大切に読んでいた絵本を親が知らないわけないじゃないですか。
実家出た身なんで絵本を処分されてても文句は言いませんよ。
でも、そんな絵本自体知らないって言うんです。
ますますわたし気になっちゃって、絵本をくれた叔母に連絡したんです。せめてタイトルだけでも教えてって。
そしたらなんて言われたと思います?
『たしかにわたしはあなたたちに絵本をあげたことはある。
だけど誰がかわいい姪っ子にそんな気色の悪い絵本を与えるか』
なんて言うんです」

叔母さんが正しい、と内心思ったが
「それで、その後はどうしたんですか」
と話の先を促した。わたしもその絵本が気になってきていた。

「叔母は『そんな絵本は知らないしあげた覚えもない、だけど一応探してあげる』って今でもフランスに住んでるお友達に連絡をとってくれたんです。
だけどやっぱり見つからなくて。
わたし自力でも探しましたよ、今はネットもありますから。
でもどう検索しても見つからないんです。
それで、もう、それっきりです。
絵本が存在しないならわたしのこの記憶、なんなんですかね」

担当さんのいうとおり、今はネットがある。
無名の作品や絶版になった作品でも出版されているならほぼ確実に痕跡は残る。
それらが一切ないということはやはり、その絵本ははじめから存在していないという解釈が妥当だ。

では、はじめから存在していない絵本の記憶を持っている担当さんは一体なんなのか。
最も自然に辻褄を合わせるなら担当さんがわたしにデタラメを聞かせた、というものだ。
しかしこれが全くの作り話なのだとしたら、
担当さんの意図が掴めない。
わたしは普段通りの施術を受けていただけで『絵本探し入門』のようなマニュアルも『脳内再現絵本キット完全版』のような機材も売りつけられていない。
ただの会話の隙間を埋める作業だとしても、
もう少しまともな話題があるだろう。
実の子が両親を手にかけオーブンで焼いて食べる絵本を読んでいたがその絵本が消えたなんて、
畑に入ったらマグレガーおばさんにパイにされたピーターラビットの父親よりも酷いトンデモ話ではないか。そもそもピーターラビットは今でも書店に並んでいる。

この話を聞いて以降、
わたしはその絵本のことが気になってしまい時折自分でも検索している。
わかってはいたが、収穫はゼロである。

もし、読者のみなさんの中に
この絵本について知っている
または
自分だけ覚えていて世界から消えた物がある
そんな方がいるなら、ご一報いただけると有難い。

ちなみに担当さんが考える一番しっくり行く理由は『UFOに拐われたときに記憶を改ざんされた』らしい。
本格的に大嘘の可能性、出てきたな。


それではまた。







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