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働きアリが働きに来る  叶

嫌な時期がやってきた。
梅雨の少し後、お盆の少し前のちょうどこの時期、
アリがわたしの家に働きに来る。
嫌だわとても、ああ嫌だ。


去年までは律儀にキッチンに働きに来ていた。
砂糖の容器の前でタイムカードを押すアリを何度も目撃した。
彼らにもきっと事情はあるのでしょうけど、
わたしは特にアリの就労支援もやっていないし、
悪いけれども引き取ってもらわないとこちらが困る。
キッチンにアリの巣コロリ的なものを置いた。
働きアリは残業代の未払を理由に次々と辞めていったと次期部長候補だというアリが教えてくれた。

「それではね、叶さん、お世話になったね」
鹿爪らしい表情を作り次期部長候補アリはわたしにお辞儀をし、去っていった。
奥様が選んだという青と白のストライプ柄のネクタイを見ながら、
わたしはとある大手コンビニチェーン店を頭の中で思い浮かべた。


あれから一年、
今年はなんとわたしの寝室に働きに来た。
ベッドの横にある小さなゴミ箱、
そこがアリたちの新しい職場らしい。

無事に部長に昇格したという例のアリに話を聞いてみたところ、
去年のあれ以降、内部告発者が現れ労働基準監督署から環境改善勧告が出た末の異動らしい。
本当にわたしの知ったことではない。

それでもわたしは気になって気になって仕方がないので、
家にいられる間はできる限りアリの動きをチェックしている。
寝室の窓側、壁と壁枠の間を通ってアリは通勤しているようだ。
「最近最寄り駅が交通系ICを使えるようになったんだ」
「そうなのか、いいなぁ。こっちはまだ無人駅だよ、性善説に頼りすぎだ」
なんて言いながら片方はピッ音を鳴らして改札を通り、もう片方は切符を回収されながら改札を通る。
おそらく同僚だろうアリが出入りする現場を見てしまった。
まったくやってられない。

昼間に覗くと、驚くことにアリはいなかった。
人の家を勝手に職場にするほどのブラック企業なので労働基準監督署もいよいよ見逃せなかったのであろう。
今度こそ倒産だ、やった、と喜んだのも束の間。
夕食の後に見てみるとやはりアリが働いていた。

「酷暑のせいでね、日勤の方たちには長めのお昼休憩をとってもらってるんです」
夜勤のバイトリーダーを名乗るアリが教えてくれた。
今年で大学を卒業するらしく、
院進するかこのバイト先に残って就職するかで悩んでいるとのこと。
わたしは親御さんと相談の上、お金と時間に余裕があるなら院に進んでもいいのではないかと伝えた。
なにやら難しそうな顔をして夜勤のバイトリーダーアリは会釈して戻っていった。
本当に全てにおいてわたしの知ったことではない。


残念ながら、今度こそ全員に働き先を変えてもらわねばならない。
わたしはまたアリの巣コロリ的なものを買って、
置いておいた。念の為に四つほど。


それではまた。



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