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文学と私と

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おすそ分け

本などを読んだときに自分が惹かれた文章を集めている、いわば言葉の宝石箱のようなノートがあるのですが、その中からいくつかをここにおすそ分けします。

ジョバンニの活字拾いとピンセット:ますむらひろしと宮沢賢治

ジョバンニといえば、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』である。今回は『銀河鉄道の夜』に出てくる活版所の章の描写について書きたいと思う。 きっかけは小石川にある印刷博物館の印刷工房ツアーに参加したことだった。元々は卒論で近世の出版物/文化を扱うために企画展の和書ルネサンスを目当てで訪問したのだが、ちょうど印刷工房ツアーも開催されていたので申し込んだのであった。 ツアーの中で最も印象的だったのは、やはり活字の並ぶ棚であった。実際に職人さんが使っている棚、との説明の通り、ツアー中にも職

作家たちの自筆原稿

いつもは自宅からパソコンで執筆をしているのですが、今回は趣向を変えて(ついでに文体も変えて)、出先からスマホで書いてみようと思います。 作家たちの自筆原稿というテーマですが、これは今回訪れた北海道立文学館の常設展がきっかけになっています。同館の常設展示室には入ってすぐのところに沢山の抽斗を持った棚があり、その一つ一つに北海道ゆかりの作家・作品の自筆原稿が入っているのを引き出して見ることができます。 まず私の目に止まったのは遠藤周作の棚でした。彼の代表作の一つとも言える「沈

志賀直哉の原稿用紙

志賀直哉の直筆原稿を見たことがある。 やや太めのペン先でさらりと書かれた文字はその書き心地を想像させて心地よい。ところどころに書き損じなどもあって、一度「ゴーホ」と表記したのを後から全て線を引いて「ゴッホ」に書き直しているところが気になる。「ゴーホ」の何が引っかかったのだろうか。 志賀直哉は自身専用の体裁の原稿用紙を使っていたようで、マス目の枠の左下に記された文字でそれがわかる。専用の原稿用紙を使っていた作家は他にもおり、見てみると大抵同じ左下の場所に名前だけを記したり〇

日英の言語における主体設定の比較〜芥川龍之介『蜘蛛の糸』を例に〜

大学生になりたての頃授業で書いた考察からそのまま抜粋、転載。 【概要】《「わたしは公園に行き、そこに野良犬がいるのを発見した。」なら主語である「わたし」の一連の動作として納得のいくドイツ語におさまるが、これでは、無数の偶然からなる渦に巻き込まれて、かたちのない期待やかすかな驚きを味わいながら、次に何が起こるかわからないけれど多少のんびりかまえている、という感じが出ない。もしかしたら野良犬はわたしが来るのを知っていて公園にいたのかもしれない。また、そこまで行かなくても、いろい

古書店にて

地元で典型的な古書店を一軒見つけた。神保町にあるようなこうした古書店は地元ではあまり見かけないと思っていたのだが、自分の行動範囲の中に一軒そうしたものがあるのを見つけた。 入り口を入ってすぐ横のスペースに全集や長編の書籍が巻を揃えた状態で括られているのがいくつもうず高く積まれている。私はその群の中に「日本の工芸」と書かれた背表紙の並びを捉えた。値札がわりの小さな裏紙には赤いペンで「800」と書かれてある。ゼロを一つ見間違えたのだと思った。全部で11巻に及ぶそれなりの規模の全