ばあちゃんの死

 ばあちゃんが死んでしまった。それで思うことが色々あった。こんな時にnoteなんて書かないでいい、それは僕も同感である。それは、人の死を、ただ文学的感傷の内に収めてしまうような感があるからだ。しかし僕はこんな時、筆が乗る。短歌が詠める。
この場において、さっき言ったような外聞を気にしてなにもしないのは、創作を多少なりとも齧るものとして如何なものだろうかと思い、書くのである。
 もちろん悲しい。もういないと考えると、居ても立っても居られない気持ちだ。それなのに冷静な自分がいて、こうして書いてしまっているのはなぜだろうと思う。そんな、自分でも収拾のつかない気持ちを、少しでも明らかにするために書く、そういう意味もある。

 以上は長い言い訳だ。

 ばあちゃんが死んだと聞いた時、二週間くらい前、会っておけばよかったと思った。明確に、チャンスがあったのだ。でもその時僕は目先の事を優先した。それはいつでもできる、些細な事だった。今となってはそれがとても悔やまれる。
 母がバタバタしていて、僕はなんでもするよとか声をかけて、実際そのつもりでいる。しかしこのエネルギーを、なぜその二週間前に発揮できなかったか。
 昔から僕はそんな気がある。例えばクラスの出し物とかで、準備段階では大した働きをせず、当日になって大立ち回りを見せる、そういうことがよくあった。それで、とりあえずの感謝を得て、活躍した気になっているわけである。ずるいやつである。
 今回も僕はずるいやつになった。これを考えて、ずるいのはいい加減に嫌だと思った。できる時にできることをやらなくてはならないと思った。

 ばあちゃんは今日の深夜から大変だった。同じ頃おかしかったのが、僕の携帯である。昨日の18時くらいからおかしくなった。「SIMエラー」と表示されていた。SIMカードが読めないからキャリアの回線が使えなくなった。Wi-Fiのあるところでは使えるからさほど不便ではなかったが、昨日の帰り、電車に乗っている最中は少しだけ暇を持て余した。
 帰って、専用の道具でSIMカードを抜き差ししてみるも治らない。それで検索したら、携帯ショップでSIMを換えてもらえれば治るかもしれないとのことで、翌朝携帯ショップへ行った。
 最近携帯ショップは混雑している。予約なしで大丈夫か不安だったが、平日の開店直後に、混雑は見られなかった。お客が2、3人と、高齢者向けの携帯教室が開かれていた。お爺さんとお婆さんが二人ずつ、受講していた。元気だな、何歳くらいなんだろう。ばあちゃんより歳上だったら悔しいな、おれもこんな歳まで学び続けられたら、あるいは学ぶ気力があればいいななどと色々考えた。
 順番待ちは5分ほどだった。携帯を店員に見せて、新しいSIMカードを入れたら、通じるようになった。手続きしますからと言って店員は去った。10分ほど待つと電波の通った僕の携帯と、今回の内容を書いた紙が渡される。二つを受け取って帰った。
 ばあちゃんは内臓のトラブルで死んでしまった。昨夜からずっと苦しんでいた。対して、今やもうなんの不自由もなく使えるようになった携帯がある。僕は、ばあちゃんもSIMカードを換えたらすっかり良くなればいいのにと思った。

 折に触れて、職場の人に報告する。「祖母が」と言ったら女性二人はすぐに察したようだった。僕が全てを言い終えない内に、相槌も悼みの気持ちも受け取った。話し終えて、お悔やみを頂いた。ばあちゃんに届けと思った。いつ、どんなに休んでもいいこと、無理をするなということを言われた。僕はありがたい気持ちがした。
 その時、僕は初めてばあちゃんの死を口に出して言った。このことには言った数秒後に気がついた。言葉にして、発声したことで、事実になってしまったと思った。一方で、言うまでは生きていたような気がした。発言することで、ばあちゃんが、僕の中に事実を残して飛び立って行ったようだと思った。
 目の前がチカチカし始めた。室内が暑く感じられた。しかし、それはじきに収まった。悲しみはその程度かと思ってまた自分が嫌になった。

八月も目前だった。蝉波がばあちゃんを攫っていってしまった
明日郎
翌日は大雨だった。虫もなく静かな夏の一日だった
明日郎

 バーっと書いたが、元気ではある。心配なく。
 駄文、駄短歌?、失礼しました。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?