『銀河系』のお話し (7)「天の川」春夏秋冬いつの季語?
「銀河系のお話し」の続編です。
カバーの全天写真は「2ミクロン・オール・スカイ・サーベイ」の成果です。https://www.ipac.caltech.edu/2mass/gallery/images_misc.html
荒海や佐渡に横たふ天河
「いやあ、昨日は楽しかったね。
荒海や佐渡に横たふ天河
この有名な松尾芭蕉の句にある「横たう」が自動詞じゃなくて、他動詞だったなんて、全然知らなかったよ。」
「私もです。」
「結局、芭蕉の句は天の川が自ら横たわる光景を詠んだわけじゃない。敢えて言えば、僕たちが天の川を横たえるんだ。
天の川さん、天の川さん、お願いだから日本海をなだめてくれませんか。お姿、お借りします。そう言って、天の川を日本海の上にそっと横たえた。これが佐渡に横たう天の川だ。
この芭蕉の願いが句に込められていたわけだ。もちろん、これはひとつの仮説にすぎないけどね。」
「でも、私は納得しました。ようやくこの句を自分のものにできた気がしました。」
それは輝明も同感だった。何しろ、なぜ天の川が佐渡の方向に横たわるか、ずっとわからなかったからだ。
俳句には季語がある
「ところで、この俳句の季語はわかるかな?」
輝明の質問に優子が答える。
「はい、季語は「天河、天の川」だと思います。」
「そのとおり。では、季節は?」
「ちょっと悩ましいですが、夏?」
「ブー!」
「あっ、やっぱり秋ですか?」
「ピンポーン!」
「天の川といえば、七夕。七夕は7月7日。だったら、季節は夏。そう思ったんですけど。」
「国立天文台によれば、七夕には「伝統的七夕」というものがあるそうだ。」
「伝統的七夕?」
「月の満ち欠けに由来する暦は「太陰暦」と呼ばれるのは知っているだろう。これに、太陽の動きも考慮した暦が「太陰太陽暦」と呼ばれるものだ。これを採用すると、「伝統的七夕」は次のように決められるそうだ。
二十四節気の処暑(しょしょ=太陽黄経が150度になる瞬間)を含む日かそれよりも前で、処暑に最も近い朔(さく=新月)の瞬間を含む日から数えて7日目が「伝統的七夕」の日です。 (国立天文台 https://www.nao.ac.jp/faq/a0310.html)
「二十四節気、処暑(しょしょ)、太陽黄経、朔(さく)。知らない言葉のオンパレードです。」
「あとで調べておいて。」
「はい。」
「この定義だと、今年、2024年の場合、七夕は8月10日になるそうだ。」
「立秋が8月8日だから、七夕の季節は秋になるんですね。」
「今、優子は天の川と聞いて七夕を思い出した。」
「はい。」
「しかし、天の川それ自身が秋の季語なんだ。」
「天の川といえば夏の夜空という感じはするんですけど・・・。」
「たしかに、僕もそう感じる。ところが、俳句の世界では独特のルールがある。」
「それは・・・?」
天文の季語
「その前に、天文に関する季語はいくつあると思う?」
「いっぱいあるんじゃないでしょうか? 星や月だけじゃなく、星座もあります。」
「ところが、たった四つしかないんだ。」
「ええーっ? そんなバカな。」
「そう思うだろ。しかし、そうなんだ。」
「その四つって、いったいなんですか?」
「月、星月夜、流れ星、そして天の川だ。」
「たった、それだけ・・・。」
優子は唖然として輝明を見つめた。
「星月夜は知っているね。」
「はい。月がないのに星だけの明かりで月夜のように夜空が明るい夜のことです。」
「ゴッホの有名な絵《星月夜》には月が出ているんだけど、なぜか《星月夜》というタイトルになっている。」
註: note 「ゴッホの見た星空(2) 《星月夜》の星空」を参照して下さい。https://note.com/astro_dialog/n/n7e5788762bc9
「さて、もっと、驚くことがある。」
「なんですか?」
「月、星月夜、流れ星、そして天の川。これら四つの言葉はすべて秋の季語なんだ。」
「ガーン、という感じです。」
「その理由はわかるかな?」
「いいえ、わかりません。
「星空が美しく見えるのは空気の澄んだ秋の空だから。これだけの理由だそうだ。」
「たしかに、春はおぼろ、夏は湿気が多い。でも冬はどうでしょう?」
「そうだね、冬に見えるオリオン座はシャキッとして美しいよね。」
この意見には優子も納得だ。
「冬の季語にしたいときは「寒オリオン」にすればいいらしい。」
「じゃあ、散開星団の「すばる」は「寒すばる」にするんですか? (図1)」
「おお、優子、素晴らしい。そのとおりだ。北斗七星を冬の季語にしたければ「寒北斗」にすればいい。」
「わかりやすいといえば、そうですが・・・。でも、夏は?」
「うーん、「暖北斗」なんていう言葉は聞いたことがないなあ・・・。」
「そのときは、他の夏の季語を入れるしかなさそうですね。」
あら残念 星座は季語になりません
「あっ、そうだ。」
優子が何か思い出したらしい。
「星座は季語にならないんですか?」
今、国際的に認められている星座の数は88。星座を季語にしていいなら、天文の季語は一挙に増える。
「いい質問だ、優子。だけど、ダメなんだ、星座は。」
「オリオン座なんかは冬の季語でいいように思いますが。」
「そうだね。夏はどうだろう?」
「「はくちょう座」、それから七夕関連ですけど、織姫星のある「こと座」、彦星のある「わし座」。これらの星座の名前を聞くと、夏の夜空を思い浮かべます。その意味では、十分、季語として機能する感じがします。」
優子は力を込めて言った。天文部の部員としては、当然の意見だろう。
しかし、輝明はクールにならざるを得ない。星座が季語にならない理由を説明した。
「地球は自転している。二十四時間で一回り。360°を24時間で割ると、一時間当たりの移動量は角度にして15°にもなる。」
「あまり気づかないけど、星の見える位置は時事刻々変わっていくんですね。」
「だから、星や星座をひとつの季節に対応させることは原理的にできないんだ。」
「夕方と明け方では、見える星座が変わっていますね。」
「それを示すいい俳句がある。天文俳句といえば、山口誓子(1901-1994)の名前が浮かぶ(図3)。」
「彼の詠んだ俳句を二つ見てみよう。
オリオンが出て大いなる晩夏かな (昭和20年8月10日 伊勢富田にて)
オリオンの出て間もあらぬ枯野かな (昭和20年12月9日 伊勢富田にて)
それぞれ、夏と冬に詠んだ俳句だ。いずれの俳句にもオリオンが出てきている。つまり、オリオンは季語になっていないんだ。」
輝明は一枚のスライドを見せてくれた(図4)。そこには、東の空に昇る「オリオン座」と、西の空に沈む「オリオン座」が見えていた。
「ところで、山口誓子の二つの俳句の季語はわかるかな?」
「えーと、最初の句では「晩夏」。あとの句では「枯野」でしょうか。」
「そうだね。」
「なんだか、カッコいいです。」
「星座をあえて出すことで、二つとも味わい深い句に仕上がっていると思う。」
「芭蕉の「荒海や・・・」の句のおかげで、俳句の世界を探訪できてよかったです。」
「今度、天文部で句会でもやってみようか。」
「それ、いいですね。ぜひ!」
<<<これまでのお話し>>>
『銀河系』のお話し(1) 僕たちの住んでいる銀河は,なぜ『銀河系』と呼ばれるのか?
https://note.com/astro_dialog/n/n45824f0b6272
『銀河系』のお話し(2) 宮沢賢治は,なぜ『銀河系』という言葉を知っていたのか?
https://note.com/astro_dialog/n/nfcea0e50e032
『銀河系』のお話し(3) 『銀河系』という言葉はいつから使われていたのか?https://note.com/astro_dialog/n/ne316644c6000
『銀河系』のお話し(4) 『銀河系鉄道の夜』はないが、『天の河鉄道の夜』はあり得た?
https://note.com/astro_dialog/n/n7bf892c43a0c
『銀河系』のお話し(5) 『銀河鉄道の夜』への道https://note.com/astro_dialog/n/n52a4e930ce47
『銀河系』のお話し(6) 天の川よ 日本海の荒波を 鎮めておくれhttps://note.com/astro_dialog/n/n1a1126362d3d
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