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『銀河系』のお話し (1)僕たちの住んでいる銀河は,なぜ『銀河系』と呼ばれるのか?
「銀河のお話し」の続編です。
カバーの全天写真は「2ミクロン・オール・スカイ・サーベイ」の成果です。
https://www.ipac.caltech.edu/2mass/gallery/images_misc.html
![](https://assets.st-note.com/img/1707119656282-GLIdUQiweJ.jpg?width=1200)
銀河、銀河系、あるいは天の川銀河?
輝明には気になっている疑問があった。それは僕たちの住んでいる銀河の呼び名だ。「銀河、銀河系、そして天の川銀河。いったい、どれがいいんだろう?」以前の天文部の部会で出された疑問だ。
銀河という名前は、中国に由来する言葉で、天の川を指す。大きさ10万光年、2000億個もの星々が集う銀河である。このように、銀河という名前は、もともとは僕たちの住んでいる銀河だけにつけられたものだ。なにしろ、20世紀初頭まで、銀河=全宇宙だった。宇宙はひとつなので、銀河もひとつ。だから、銀河といえば、僕たちの住んでいる銀河だけだった。だから、混乱はなかった。
ところが、アンドロメダ星雲が別の銀河であることがわかった。1925年のことだ。アンドロメダ星雲のような渦巻星雲は他にもたくさんあった。そして、楕円星雲もあった。渦巻星雲も楕円星雲も天の川銀河と同様、星の大集団であり、銀河である。星雲の多くが銀河に昇格したのだ。結局、宇宙にはたくさんの銀河があることになってしまった。
ここで、厄介な問題が起きた。それまで銀河といえば僕たちの住んでいる銀河だけだったけど、宇宙にはたくさんの銀河がある。つまり、銀河は固有名詞から一般名詞に鞍替えされたのだ。しかし、固有名詞としての銀河はまだ人々の心の中にある。そのため、「銀河=僕たちの住んでいる銀河」という図式は残されたままになっている。そして、それが混乱を招く原因となった。
謎の「銀河系」
この混乱を回避するため、僕たちの住んでいる銀河には別な名前がつけられた。それが「銀河系」だ。なぜ系がつけられたかは不明だ。しかし、「銀河系」という名前が流布していることは確かだ。それからもうひとつ。「天の川銀河」という呼び名もある。天の川として見えている銀河を「天の川銀河」というのだから、ストレートな名称である。これは受け入れやすいし、誤解はおきない。よい名前だ。
ということで、僕たちの住んでいる銀河には三種類の名前がある。銀河、銀河系、そして天の川銀河。なぜ、一つの名前に統一しないのか? 特にわからないのは「銀河系」の「系」だ。なぜ「系」がつくのかわからない。
どうもスッキリしない。悩ましい日々を送る輝明だった。
天文部の定例部会の次の日、輝明はうつむきながら、トボトボと部室に向かった。部室に入ると、優子がきていた。なんだか、優子もうつむき加減で、思案中という風情だ。
「どうした、優子。」
「あっ ! 部長。こんにちは。」
優子は振り向いて輝明に質問した。
「どうも、銀河系という言葉が気になって・・・。」
なるほど、スッキリしていないのは輝明だけではなかったようだ。優子も一緒なのだ。
「じゃあ、『銀河系』という名前について考えてみよう。」
輝明は自分の考えたことを話しだした。
「まず、『太陽系』という言葉との対応性を考えてみよう。」
輝明は黒板に向かって、太陽―太陽系、そして銀河―銀河系の対応関係をまとめた(図1)。
「太陽と太陽系は意味が違う。太陽は太陽という星のことだけど、太陽系は太陽の他に惑星や小惑星や太陽系外縁天体などの太陽系小天体を含めたシステムのことだ。実際、僕たちは太陽と太陽系という言葉を区別して使っていると思う。」
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「そのとおりだと思います。」
「ところがだ。銀河と銀河系は同じ意味として使われている。両方とも、僕たちの住んでいる天の川銀河のことを指している。つまり、太陽―太陽系の対応関係は銀河―銀河系の対応関係とは別物だ。」
「ということは、天の川銀河のことを銀河系と呼ぶのはおかしいということですね?」
「個人的にはそう思う。しかし、日本天文学会が運用している『天文学辞典』のWEB版を見てみると、次のように書いてある。」
「銀河」は今日英語では「galaxy」と表記されるので、一般の銀河と区別して太陽系が属している銀河(歴史的にはGalactic Systemと表記されていた)を指すときには「(the) Galaxy」あるいは「(our) Galaxy」の英語表記が使われた。それには日本語で「銀河系」あるいは「天の川銀河」という訳語が当てられ(文部省「学術用語集 天文学編 1974年)、一般には「天の川銀河」よりも「銀河系」が多く用いられてきた。しかし近年英語では、「銀河系」を「Milky Way Galaxy」とする表記が増えてきており、これに対して日本語では「銀河系」よりも「天の川銀河」を当てることが増えてきた。 https://astro-dic.jp/the-galaxy/
「うわあ、なんだかすごいですね。文部省の「学術用語集 天文学編」なんていう本があるんですね。」
「うん、これによれば銀河系でも、天の川銀河でもよいことになるね。今から50年も前にこんなことが決められていたとは驚きだけど。」
「The Galactic System」
「でも、なぜ「銀河系」と呼ぶかは説明がないんですね。つまり、「系」がなぜついているかです。」
「そうなんだ。そこが知りたいんだけどね。」
「『天文学辞典』の説明に「歴史的にはGalactic Systemと表記されていた」という文章がありますね。これは何ですか?」
「おそらく、出どころはエドウイン・ハッブルの本だと思う。さっき言ったけど、ハッブルは1936年に“The Realm of the Nebulae”(Edwin Hubble, Yale University Press, 1936年)という本を出した。この本の129頁にその言葉が出てくる。」
輝明はスライドを見せてくれた(図2)。
![](https://assets.st-note.com/img/1707120192930-b4DVgEfZPd.jpg?width=1200)
「あっ! ほんとだ。The Galactic Systemとあるわ。」
「ハッブルは the galactic systemについて、次のように説明している。
銀河系は非常に扁平な星、ダスト、ガスから成るシステムである。
つまり、星だけでなく、ダストやガスを含んだシステムを銀河系という言葉で表現している。しかし、それは僕たちが認識している銀河そのものであり、特に「系」を付けて呼ぶようなものではないね。アンドロメダ銀河だって、ダストやガスはあるので、アンドロメダ銀河系でいいことになっちゃう。」
『星雲の宇宙』
「the galactic systemは直訳すれば「銀河系」だ。」
「この言葉の訳語として銀河系が使われ出したということでしょうか?」
「断言はできないけど、その可能性は高い。実は、古書店で面白い本を発見した。ハッブルの“The Realm of the Nebulae”の翻訳本だ。」
「岩波文庫の『銀河の世界』(ハッブル著、戎崎俊一 訳、岩波書店、1999年)ですか?」
「いや、違う。出版年は1937年。ハッブルの本が出た翌年に出た本だ。『星雲の宇宙』(E. ハッブル著、相田八之助 訳、恒星社版、1937年)。」
「ええーっ! そんなに早く翻訳本が出ていたんですか?」
「まったく驚きだ。そんなにすぐ、日本で翻訳本が出たなんて想像もしなかったよ。古書店巡りもいいもんだ。たまたま見つけることができた一冊だ。」
「神田神保町に住んでいてよかったですね。」
「ほんとだね。このスライドを見てごらん。「銀河系」という言葉が出ている。」
二人はしみじみとこのスライドを眺めた。
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英語に見る天の川銀河
輝明は英語のthe galactic systemの訳語としての銀河系に話題を戻してみることにした。
「たしかに、the galactic systemと言われれば銀河系と訳すしかない。しかし、この言葉を僕たちは使うだろうか? ほとんど使わないような気がする。というか、僕自身は使ったことがない。」
「そうですね、私も使ったことはありません。」
「ここで、天の川銀河のことを英語で何というかまとめてみた。」
輝明は次のスライドを見せた(図4)。
![](https://assets.st-note.com/img/1707120312934-RKRem6OPWS.jpg?width=1200)
「普段使われるのは三種類。the Galaxy, our Galaxy, そして the Milky Way Galaxyだ。英語には大文字と小文字の区別があるので大文字を使って Galaxy とすれば特定の銀河を表すので、天の川銀河を指すことができる。the をつければ完璧だ。例えば、the Book は聖書のことだ。
それから our Galaxy もよく使われる。私たちの住んでいる銀河だから、これも自然な呼び名だ。とはいえ、英語で最もポピュラーなのは三番目に書いた the Milky Way Galaxy だと思う。」
「やっぱり、欧米ではミルキーウエイへのこだわりがあるんですね。でも、それって素敵だと思います。
「こうしていろいろ見てくると、「銀河系」を積極的に使う理由はないようだ。」
「じゃあ・・・」
「うん、「銀河系」という呼び名は使わない!」
「すごい!」
「文部省「学術用語集 天文学編 2024年版でそのことを宣言してもらいたい。そして、これからは「天の川銀河」を用いること! これでスッキリするね。」
「あのう・・・」
「なんだい?」
「文部省じゃなくて文科省だと思います。」「うーむ、一本取られました!」
註:2001年の省庁再編で、それまであった文部省と科学技術庁が統合されて文部科学省(通称、文科省)が生まれた。ちなみに文部省という名称は日本独特のもので、諸外国では教育省という名称が一般的。
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