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キンモクセイの香りを求めて

秋といえば、栗、きのこ、お芋、お月見。そして、キンモクセイ。

今年の初秋は夏のように暑くて、もう10月も半ばなのに、私の住んでいる地域では、まだ花は咲いていないようです。

今回は、思い出話です。

私はしがない会社員で、勤め先の職場に、かつて2本の立派な金木犀の木がありました。
若かりしころの私は植物に興味がなく、なんだかこの事務所の近くはいい匂いがするな、くらいにしか思っていませんでしたが、なんとなく気分がいいので、職場に向かう時にはわざと遠回りして、その木の近くを通るようになりました。
左の木はよく香り、右の木は香りはひかえめながら、ひとまわり大きかった記憶があります。

私にとってキンモクセイは、がむしゃらに仕事をしていた20代の、思い出の香りです。
早朝会議に出るために寝不足な体を引きずっていた私を励ましてくれた、みずみずしい甘い香り。ふと、昼休みに事務所を出て、目を向けると咲いている可愛らしい小さなオレンジの花。残業とストレスで疲れている帰路、交差点で信号待ちをしているときに、ふわっとどこからか漂い、心をゆるめ、癒してくれるあの香り。

建て替え工事の関係で、キンモクセイの木がなくなってしまった、と後から聞いた時は、あまりの会社の非情さに怒りと失望を覚えました。そして、あの香りがさらに恋しくなり、追い求める日々が続きます。しかし、キンモクセイ精油も、フローラルワックスも、市販品の香水も、ハンドクリームも、どれも「あの香り」ではないのです。

それでも、毎年わずかな期間だけ、ふとしたときに風に運ばれてくる甘い香りを吸い込んだ瞬間、これだ!と気分が高揚します。

最近やっと、私の求めている「キンモクセイの香り」は、秋の空気の匂いとのブレンドだったんだということに気づきました。
吸い込む時に、少しひんやりと感じる秋の空気。まだ強い日差しに蒸された通り雨の湿気だとか、そういうものと混じり合って引き立つキンモクセイの香り。
それこそが、私の好きな「あの香り」であり、さらに、おそらく年によって、気候などの条件相違により、唯一無二のオリジナルの香りなのだ、と思います。

秋の空気と混ざった本物の花の香り。
あの芳しい香りが、どこからか風にのって不意に届いたときの嬉しさときたら。
一年の中のほんの一瞬の開花時期を、今か今かと待ち望んでいる、秋の夜長です。

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