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代表者

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

 上空の宇宙船から七色に輝く光線がまっすぐに放たれると、たちまち砂漠の中央に有機的な曲線を持つ巨大な建造物が現れ、ここを受け渡しの会場にするつもりだと彼らはメッセージを脳に直接送り込んできた。
「我々はこの星を飛び交う様々な通信をしばらく傍受してきたのだ」
「その結果、この星を代表するあなたたちに宇宙の真理を伝えてもよいと判断した」
「だが、けっしてこれを悪用してはならない」
「これまで同様、この星に生きる者たちの平和と安全を守るために使うのだ」
 宇宙の真理を授かるため、はたして誰が地球の代表になるかで国連はしばらく揉めたが、結局はいつものように三つの大国が傲慢な振る舞いとゴリ押しを繰り返した結果、三カ国の首脳が揃って代表を務めることになった。
 大統領と国王と首相。
 各国の首脳たちが衛生中継を見守る中、三人は会場の中央に向かってしずしずと進んで行く。楕円形の会場には、中心に高さ二メートルほどの円筒形の構造物が設置されていて、あきらかに透明な材質が使われているのに、なぜか向こう側は透けて見えなかった。床は金属のように見えるが足音は一切立たない。
 いきなり会場全体がグニャリと歪むような感覚があり、三人は一瞬よろめいた。
 気づくと円筒の前に繭のような白く丸い物体が浮かんでいる。
「よく来た。それでは宇宙の真理を授けよう」
 繭から低い声が響いた。あれが異星人なのか。予想とは違う姿に世界はどよめいた。
「こちらへ」
 三人の首脳がフラフラと円筒に向かおうとしたとたん、足元に激しい光が走り、もわっと煙が上がった。熱い。三人は思わずその場で足を止めた。
「待て。なんだお前たちは」
 繭が困惑した声を上げる。
「我々三人が地球を代表します」大統領が言った。
「一人に絞りきれなかったので、三人で授かることにしました」国王が付け加える。
 繭は彼らの言葉を遮った。
「我々が招いたのは、お前たちではない」
 眉は首を振るかのように体を左右に揺すった。
「え?」
「さあ、こちらへ」
 三人の後ろからひょいと一匹のトラ猫が現れた。猫は獲物を狙うような姿勢でゆっくりと円筒に近づいて行く。
「ようこそ、我々の世界へ」
 繭が猫に話しかけた。
 ニャーン。猫が鳴く。
「この星を飛び交う通信を見れば、あなたたちが代表だとすぐにわかった」
 繭が猫に体を向ける。
「まってください。代表は我々です」首相が叫んだ。
「猫が代表のわけないでしょう」そう言って両手を振り回す。
「我々がこの星の代表です。人間が地球を支配しているのです」国王も叫んだ。
「宇宙の真理を授かるべきなのは我々人間です。猫などに授けても意味がありません」大統領も大声を出す。
「ははははは。バカを言うな」
 繭が笑い声を上げる。
「お前たちが星を代表できるはずがないだろう」
 笑いすぎたのか、白い繭がどんどん赤くなっていく。
「我々はこの星を飛び交う様々な通信をしばらく傍受してきたのだ。この星で最も重要な存在が何なのかは、よくわかっている」
 ややあって、どうにか再び白さを取り戻した繭が猫に向かって言った。
「お前がこの星の代表だろう」
 ニャーン。猫は大きな声で鳴き声を上げ、その場にペタリと伏せる。
「あらゆる通信の中でお前たちの画像や動画が最も多い上、お前たちの姿が流れるたびに膨大なトラフィックが発生する。お前たちが最も重要な存在だという、れっきとした証拠だ」
 繭がゆっくりと猫に近づいた。
「さあ、それではお前に宇宙の真理を授けよう。だが、けっしてこれを悪用してはならない。これまでと同様、この星に生きる者たちの平和と安全を守るために使うのだ」
 繭が体から伸ばした触手でそっと猫に触れたとたん、それまで静かに丸くなっていた猫が急に飛び上がった。
「シャーッ」
 激しく息を吹き付け、繭を前脚の爪で切り裂く。
「うわあああっ」
 繭が金切り声を上げた。白い外郭の裂け目から糸状のものが大量にこぼれ出す。猫はさらに両方の前脚を交互に出して繭で爪を研いだ。裂け目ができるたびに次々とこぼれ出る糸に興奮したのか、猫はさらに糸を引きずりだし、かき回し、振り回し、端から噛み切っていく。
 中身が空になった繭は床に転がったまま、それきりぴくりとも動かなくなった。
 しばらくすると糸で遊ぶのに飽きたのか、猫は再びその場で丸くなって眠り始め、やがてゴロゴロと喉を鳴らす音が衛生中継を通じて全世界に響き渡った。
「ああ、いったい何ということを」
 三人の首脳は口をだらしなく開けたまま、床の上の猫と繭を交互に見比べている。 
 シュン。
 いきなり円筒形の構造物が動かなくなった繭を吸い込み、宙に浮いた。円筒は宇宙船から放たれた光線の中を猛スピードで上昇し、そのまま宇宙船の中へ入っていく。
 三人の首脳は呆然とした面持ちで上空をぼんやりと見上げていた。

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