のど自慢大会
illustrated by スミタ2022 @good_god_gold
やたらと派手な蝶ネクタイをつけた司会者がマイクを持って体をくねらせた。
「さあ、故郷のど自慢大会はまだまだ続きますよ。それでは次の方お願いします。どうぞ」
同時にバックバンドが呼び込みの短いジングルを演奏する。ドンとドラムが締めの一発を叩くと左右から現れたスポットライトがステージ上で交差した。
中央には一人の男性が立っている。歳は七十近くだろうか。灰色のスラックスに茶色のカーデガン。紺色の地に細かな白い花が散ったシャツは遠目には水玉模様に見えた。
「三十三番、折鶴町四丁目五番、丸古三千男。今は独身!」
緊張しているのか嗄れた声が微かに震えている。会場からドッと笑い声があがった。
「いやいや、住所までは仰らなくていいんですよ」
司会が朗らかな声を出して丸古の傍らに立つ。
「では、丸古さん。お願いします」
「はい」
ゆっくりとしたドラムロールから演奏が始まる。
丸古はぐっと片足を踏み出し、天を仰いだ。第二ボタンまで外したシャツから首元がはっきりと見える。丸古はそのまま顎を高く上げ、さらに首筋を伸ばした。
首の周りの筋が張り、血管が浮き出る。丸古が唸り声を上げると喉仏が震え始めた。
客席からも審査員席からも、ほうと感嘆の声があがる。
「いかがでしょうか?」
司会が審査員席に首を向けた。
「いいですね、いい皺です。長年の苦労が深く刻まれています」
「喉仏の形が理想に近いですね、すばらしいのどです」
「その血管の浮き出た感じ、これは若者には出せませんよ」
審査員たちの評価に司会者も大きく頷く。
「たしかにこれは自慢ですね、かなり自慢できるのどですね」
天井を見上げながら、丸古は片手でガッツボーズをとる。
ややあって、パパパッパーとトランペットが高らかに鳴り渡り、鐘の音が響いた。三つ以上だ。
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