定期購読のお詫びとお知らせ
チャイムが鳴ってすぐに伊福は玄関のドアを開けたが、すでに配達員の姿はなく足元の石畳には小さなダンボール箱が一つ置かれているだけだった。ひょいと首を伸ばして隣近所を見る。それぞれの玄関先にも同じようにダンボール箱が置かれているが、大きさはまちまちで、中には厚めの封筒が無造作に置かれている家もあった。
伊福は自分の箱を持ち上げて家の中へ運び込むと、テーブルの上へ乱暴に投げ置いた。箱の上面には伊福の宛名が印刷されたラベルが貼られており、横面にはお決まりの平凡なロゴが印刷されている。
隔週刊・みんなの人生。
出版社がやっている定期購読のプラモデル作成キットやジャズ・レコード全集などと同じシステムで、一週おきに届けられる人生のさまざまなパーツを揃えていくと、最後にはそれなりの人生が完成することになっている。初回には特典として大きなアルバムと分厚い日記帳がついてくるが、二回目の配本からはちょっとした解説の載った薄い小冊子がついてくるだけで、だからこれは読み物の定期購読というよりパーツを分割購入しているのに近い。
国民は十八歳になるとこの定期購読を義務づけられ、誰もが一週おきに届くパーツを組み立てながら、そこから二週間の人生を過ごすことになる。
「ふん」
伊福は鼻から息を吐いた。最初のころは、今回はどんな人生のパーツが届いただろうかと期待して箱を開けていたものだが、最近はどんどんパッケージが小さくなる上、中身も詰まらなくなっている。先々月と先月にいたっては、四回連続でまったく同じパーツが届いたので、さすがにこれは何かの手違いじゃないかと思わずコールセンターに問い合わせたほどだった。
伊福が納品書に印刷されているパーツ番号を読み上げると、コールセンターの男性は何の感情も感じさせない機械的な声で答えた。
「まちがいありません。伊福様の人生パーツはしばらく同じようなものが続く予定です」
「一緒に入っている自撮り写真も前回とほとんど同じなんですけど」
酔っ払って顔を真っ赤にした伊福が職場の同僚たちと一緒に居酒屋の前でピースサインをしている。
「はい。同じ場所で同じように自撮りをなさることになっています」
男性の口調は変わらなかった。
伊福はテーブルの上の箱を破るように開けた。どうせ前回と同じような内容なのだろう。明日からまた同じ二週間の繰り返しなのだ。そうやって俺たちの人生は続いていく。
噂によると一部の金持ちや政治家たちにはとんでもなくゴージャスな上、イベントも盛りだくさんのパーツが次々に届くらしいが、いったい何をどうすれば彼らのようなパーツを配達してもらえるのかを周りで知る者はいなかったし、たとえ方法を知っていたとしても、おそらく伊福のような庶民に配達されることはないとよくわかっていた。
それでも、すべての国民がこうやってそれなりに日々を過ごせるのはこのシステムがあるからなのだろう。
「ん?」
伊福は怪訝な顔つきで箱の中を覗き込んだ。人生のパーツはどこにも見当たらず、ただ紙が二枚入っているだけだった。一枚はいつもの納品書だが、もう一枚の紙は二つ折りになっている。
紙を取り出してゆっくりと開いた。何の装飾もない明朝体の文字が印刷されている。
――【定期購読のお詫びとお知らせ】このたびの経済状況などに鑑み「隔週刊・みんなの人生」の定期購読を終了する運びとなりました。誠に申しわけありません。読者の皆さまには終了が決定してからのご報告となり、ご案内が至らなかったことと併せてお詫び申しあげます。当シリーズをご購読いただいている読者の皆さまは、自動的に「週刊・みあげる人生」へ契約が変更される予定です。なお「隔週刊・すばらしい人生」や「週刊・みおろす人生」への変更は致しかねますので、あらかじめご了承ください――
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?