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半年後に会いましょう

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

 やや勾配が険しく足場も悪い林道を抜けると、ゴツゴツとした岩場に出た。山の向こうは空が青く抜けて真っ白な雲が二つふわりと浮かんでいる。井間賀はシャツの袖をまくり上げ、額の汗をタオルで拭い取った。冬の柔らかな日差しが、乾いた空気を通して肌をじんわりと炙るように照りつける。
「ふう」
 ここまで登るとかなり気温も下がっているはずだが、体の中には逃げ場のない熱がたっぷりと籠もっていた。
「がんばれ。もうすぐだから」
 最後尾で登ってきた飯尾がぽんと井間賀の肩を叩き、大きな岩に片足を乗せる。そのまま大きなリュックを地面に下ろした。
「よし、みんなちゃんと来ているな」
 そう言ってぐるりと首を前後に回した。
 岩場の先を数名ずつのグループが次々に登っているのが目に入る。全員がシノブ産業の社員だ。
「さあ、俺たちも行こう。あそこを越えたら終わりだから」
 飯尾は井間賀に向かって声をかけた。
「けっこうキツいですね」
 井間賀はタオルをパタパタ仰いで自分の顔に風を送っている。
「ははは。お前だってこの高さを上がったんだぞ」
「いやあ。あのときは必死だったせいか、ぜんぜん記憶がなくて」
「みんな最初はそうなんだよ」
 口の端でニヤリと笑った飯尾はリュックを持ち上げ、勢いをつけて肩に担ぎ直した。

 飯尾の言ったとおり、岩場を越えるとなだらかな草原が広がっていた。緩やかな下り坂の先には沢があり、その傍らではそれなりに幅のある川が絶え間なく水を流していた。上流から運ばれてきたのか、ときおり真っ白な雪の小さな塊が水面に浮き沈みしている。
 川畔には、先に登った社員たちがすでに集まってテントを張ったり焚き火の準備をしたりしていた。
「全員無事に到着だな」
「はい」
 飯尾は人数を確認してから、折りたたみ椅子に腰を下ろし、水筒の水をごくりと音を立てて飲んだ。
「いやあ、さすがに腰に来るわ」
 そう言って腰を拳でドンドンと叩く。
「けっこう広いんですね」
 薪を運び終えた井間賀は感心したように、山麓に消えていく川の上流に目をやった。下流側は少し川幅が狭くなっていて、岩の間を抜けるようにして流れてきた川の水は、そこで一気に勢いを増して小さな滝に注がれていた。
「あそこの林から」
と、飯尾が振り返って遠くを指差した。
「こっち川の向こう側までが、ぜんぶシノブ産業の敷地なんだ」
「やっぱりそれくらいの土地が必要なんですね」
 聞いたのは営業の街野だ。
「まあな。ある程度の広さがないとダメだからな」
 ちらりと腕時計を観た飯尾は、両膝に手を当て、よいしょと掛け声を出しながら立ち上がった。
「そろそろ時間だぞ。みんな川縁に行ってくれ」
 社員たちはぞろぞろと連れだって川のそばへ向かった。長靴を履いている何人かは、川の中にじゃぶじゃぶと入り進んで、その場から飯尾に手を振る。
 川の流れる音に混じって、鳥の鳴き声が山の中で静かに響いていた。
「あ、あれ」
 街野が川下を指差した。滝のあたりから弾けるような音とともに、いくつもの小さな水飛沫が上がり始めている。
「いよいよ来たな」
 飯尾は川の中にいる社員たちに向かって大声を上げた。
「しっかり捕まえてくれよ」
「はい」
 そう言って社員たちが身構えたのとほとんど同時に、大きな影が一つ、滝の天辺から激しい勢いで飛び上がった。もう一つ、そしてもう一つ。次々に滝を抜けた影たちは川の流れに逆らうように、上流に向かってバタバタと泳ぎ上がってくる。
「えいっ」
 水の中にいる社員たちが足元まで上がってきた影を両手で掴み、水面へ引っ張り上げた。勢いよく川縁へ投げる。

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