薄さが違うから
illustrated by スミタ2022 @good_god_gold
監視カメラの映像や現場に残された指紋など確実な証拠があがっているし、既に容疑者も犯行を認めているから、起訴すれば有罪にできることは、ほぼ間違いなかった。
「問題は」
可児はゆっくりと腕を組み、捜査課のメンバーを見回す。
「盗んだ宝石のありかを吐かないことだ」
あいつは刑期を終えてから、金に換えて悠々自適の暮らしをするつもりなのだろう。
「そうはさせてたまるか」
検察に送致するまであと四時間足らず。何としてでも俺たちの手で宝石の隠し場所を吐かせたい。だが、容疑者の口は硬く、どうしても盗品のありかを口にしようとはしなかった。
このままではヤツの勝ちだ。
「そこで、助っ人を頼んだ」
そう言って可児は傍らに立つ男を手で差した。
「食パン刑事だ」
紹介された男はニヤリと片方の頬を上げて笑い、軽く頭を下げる。
どうやら捜査課のメンバーたちも彼の噂は耳にしていたらしい。誰もが納得したかのように何度も頷いた。
「おおよその話はわかりました」
資料の束を片手に持ったまま食パン刑事は淡々と言った。
「よろしく頼んだぞ」
「お任せ下さい」
そう言って食パン刑事は机の上に並べた食パンをじっと見つめる。しばらく何やら考え込んだあと、すっと顔を上げた。
「よし。まずは四枚切りだな」
食パン刑事は、思い詰めたような顔つきで四枚切りの食パン二枚をそっと手に取り、そのまま捜査課の隅にある取調室へ入っていった。
「いったいあのパンをどうするんですかね」
刑事の一人が不思議そうに聞く。
「それはオレにもわからん。だが、彼には実績があるからな。あとは待つだけだ」
可児は椅子にどかっと座り、まるで何も気にしていないかのような態度で机の上の書類を捲り始めた。とはいえ、チラチラと何度も取調室のドアに視線を向けているから、やはり気にはなっているらしい。
十五分ほど経っただろうか。ガタンと大きな音を立てて取調室のドアが開き、食パン刑事が顔を覗かせた。酷く息が荒い。額から顎にかけて汗でびっしょりと濡れている。
「はあ、はあ。そこの」
と、言って彼は机を指差した。
「はあ、ご、五枚切りをとってくれ、はあ、はあ」
刑事の一人が五枚切りの食パンを渡してやると、食パン刑事は黙ったままウインクをしてすぐに取調室の中へ引っ込んだ。
「四枚切りと五枚切りでは何が違うんでしょうね」
若手の刑事がそう聞くと、捜査課の刑事たちは一斉に机の上に置かれた大量の食パンに視線をやった。
「そりゃ、薄さが違うんだろう」
ベテランの一人が答える。
「あ、そうかも」
「ま、オレは薄い方が好きだな」
「でも、ホットサンドは厚めがいいですよね」
「ああ、確かにそうだな」
刑事たちはそれぞれに自分の好みの食パンについて語り始めた。
「なあ、BLTサンドにはパサパサのパンがいいだろ?」
「ああ、それ。すごく良くわかります。カリカリのベーコンに合うんですよね」
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?