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向日葵

いつもの散歩道に向日葵が生えている。夏の強い日差しを全身に受けながら、逞しい太い幹に大きな葉を生い茂らせて真っ直ぐ天に向かって伸びている。そこに生えているということを知ってはいたが気に留めないようにしていた。「ああ、向日葵が咲いてる」というくらいの心持ちでやり過ごそうとした。


日中に見る向日葵の花に心打たれることはない。夏の風物詩にはもはや退屈で凡庸すぎる。憂いのない、毒のない、能天気で元気な花だと思う。圧迫感すら感じる大きな花で、憂いや情緒がない。この花を見ていると、幸せの押し売りをされている気分にさえなってくる。正直、ゴッホはこの花の何に魅了されたのかわからない。いつ目にしてもこの「陽気で明るく愛される優等生」の眩しさから一刻も早く離れたいと思ってしまう。もし背の高い植物に囲まれるのなら、夏に生い茂る向日葵よりも秋の枯れていくススキのほうが断然いいに決まっていると思っていた。


ところが、風のない夜。降りしきった夕立の残り香が畑全体に満ちた蒸し暑い夜に私はいつもの散歩道を通った。遠くから近づいていった。遠くに向日葵の花が夜の闇の中に光っていた。日中に見た向日葵と明かに様子がちがっていた。人魂が宿った、あるいは幽霊がどこかにいる。そうとさえ思われるほど恐ろしかった。そうしてこの上なく美しかった。おおよそ人の背の2倍ほどある巨体に血が通っている。これはもはや植物でない。夜風のない闇の中で静かに、けれども確実に動いている動物である。

あの夜、向日葵の花を恐ろしくさせたのはいったいなんであったのだろう。夕立か微かにかかった靄か、静物であるはずの生き物が動物になっていたからだろうか。光る大地のせいだろうか。いつかこの向日葵の根元で死んでも良いと思った。この向日葵にゴッホは殺されたのだと思い、ひとり独りごちて帰り道を急いだ。

 

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