アショーカの夢

短編小説と旅日記、たまに音楽

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最近の記事

松島の思い出 男四人旅

 時間が経つうちに思い出は作りかえられてしまう。どんなに文章が下手であっても、写真がてんでダメでも、幸せな思い出を、忘れないよう、虚飾なく残せればこれにて満足だ。そうすれば日記に心が宿って、下手な文章でさえ愛おしくなってくる。誰がなんと言おうと幸せな思い出があったなら子供心にもどって日記にするのが吉だろう。幸せと喜びに満ちた素晴らしい旅だった。書かないつもりだったのだが心変わりしたので何かしら書きたい。幸せは心のうちに留めておけというド正論は、我が強いので受けつけない。  

    • 『我何処へ行かん。・・・いざや歩み行かな。』

      夜勤休みの寂しい秋の夜に、家から徒歩30分のところにある墓地近くの林道を歩く。鬱蒼と茂る叢をかき分けて、わずかに辿ることのできる細い道を進んでいく。行き先は晴れなら高台で星が望むことができる三昧場の地蔵堂だ。 行き先が決まっているのにあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしたい放題の道草をするかなり無茶くちゃな足任せだった。昔、萩原朔太郎がエッセイ『秋と漫歩』のなかで『「散歩」という字を使っているが、私の場合のは少しこの言葉に適合しない。いわんや近頃流行のハイキングなんかという颯

      • 向日葵

        いつもの散歩道に向日葵が生えている。夏の強い日差しを全身に受けながら、逞しい太い幹に大きな葉を生い茂らせて真っ直ぐ天に向かって伸びている。そこに生えているということを知ってはいたが気に留めないようにしていた。「ああ、向日葵が咲いてる」というくらいの心持ちでやり過ごそうとした。 日中に見る向日葵の花に心打たれることはない。夏の風物詩にはもはや退屈で凡庸すぎる。憂いのない、毒のない、能天気で元気な花だと思う。圧迫感すら感じる大きな花で、憂いや情緒がない。この花を見ていると、幸せ

        • 蒼刀

          1 今、この部屋は、天井の明かりと枕元のランプを消してもまだ尚、白く光っている。天窓から差し込む月明かりが、狭い部屋全体を照らしているからだ。部屋の隅に置かれた本棚や、そこに並ぶ日記の数々。そして床に広げられた絨毯がはっきり闇の中で光っている。その上をレースのカーテンの影が静かに泳いでいる。翔平は仰向けで大の字に寝転がりながら、カーテンがうねるのを眺め、その動きに魅了される。まるで天女の衣が月明かりに照らされて湖面に映っているようだ。艶美な曲線を描きながら、誘うように広が

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