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渡り蟹のトマトクリームパスタ

私はパスタが好きな訳ではない。

「渡り蟹のトマトクリームパスタ」が好きなのだ。

リングイーネだと尚更好みである。

私がはじめて「渡り蟹のトマトクリームパスタ」を知ったのは、22歳か23歳くらいの頃だったと思う。

その頃、飲食店のフロント業務のアルバイトをしていた。

その飲食店は面白いコンセプトのもとに作られたお店で、西新宿のアイランドタワービルの地下にあった。

現在はもう閉店していてお店はない。

面白いコンセプトというのは、シルクロードがテーマで、シルクロードに関わる国の料理を旅している感覚で味わえるというものであった。

一つの場所に6つのレストランが入っている。

レストランの名称は「SPICE ROAD」スパイスロード。

スパイスロードの中には当時、イタリア料理、アフリカ料理、レバノン料理、インド料理、インドネシア料理、そして、バーマルコポーロという会社も業態も全く別のお店が入っていた。

その6つのレストランを総合してご案内したり、お会計したりする仕事がフロント業務である。

フロント業務の会社も別会社である。

このレストランを企画運営していたのは、某大手商社。

様々な会社や大人たちが関わっていたレストランだった。

社長もいっぱいいる。

従業員も沢山いる。

そして、従業員はそのほとんどが外国人だった。

様々な言葉や文化が交わる場所。

20代の私にとって好奇心が大いにくすぐられる遊園地みたいなところだった。

ここでの思い出はここに書ききれないほどのエピソードがある。

今回は、渡り蟹のトマトクリームの話なので、数々のエピソードはまたの機会に紹介できたらと思う。

そのレストランに入っていたイタリア料理店。

従業員は全員日本人。

本店は世田谷にある老舗のイタリア料理店だった。

そのお店の看板メニューの一つが「渡り蟹のトマトクリームリングイーネ」だった。

ランチではあまりお目にかかることがなかったような気がする。

渡り蟹のトマトクリームパスタは少々値が張る。

貧乏フリーターだった私にはまぶしいメニューだった。

そんな中、たまたま祝日だったか、日曜日だったか、ランチの時間にアルバイトに入る時があった。(通常はディナータイム専門でアルバイトしていた。)ランチタイムには、従業員は300円でどのお店の料理も食べられるという特典があった。

その日はとてもお客様が少なく、暇な日だった。

そして、休日限定ランチとして、イタリア料理店ではあの、憧れの「渡り蟹のトマトクリームリングイーネ」がメニューにあったのだ。

これは・・・食べたい。

そう思って、当時さほどコミュニケーションを取っていなかったイタリア料理店でおそるおそるランチをすることにした。

実物は、運ばれていくところや、お客様が召し上がっているところをよく見かけていたので、わかっていた。

渡り蟹が丸ごと1匹ドーンと入っているのだ。

いつも羨望の眼差しで見つめていたパスタが今、私の目の前にある。

パスタを巻いて一口口に入れた時の感動は今でも覚えている。

蟹の出汁が凝縮された旨味たっぷりのトマトクリームソース。

酸味はまろやかで、甘みとクリームの優しさが口いっぱいに広がる。

リングイーネのモチモチ感と非常によく合うのだ。

渡り蟹は身が少ないが、ほじくり出して、しゃぶりついた。

柔らかい殻の部分はそのままかじって食べた。

なんだかとても大人になった気分だった。

こんなに美味しいパスタが世の中にあったとは・・・。

それから私は甲殻類のトマトクリームが好物になった。

オマール海老のビスクとか、アメリケーヌソースとか、様々な甲殻類のお出しが詰まったトマトクリームを食べてきた。

今も渡り蟹のトマトクリームパスタは好物で、ランチで見かけたら、必ず頼む。

日替わりのことが多いので、お目にかかることが少ないし、イタリア料理店へ行くことも少なくなった。

年に数回口にする渡り蟹のトマトクリームパスタ。

20代の青春の味。

あの頃の甘いような酸っぱいような、若い旨味がたっぷり詰まった思い出の味。

この先もきっと、年に数回はあの頃の感覚が欲しくて食べるだろう。


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