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「かわいい子には旅をさせよ」は「親よ、子離れせよ」

子どもができると、自分が小学生のときに学んでいたものを思い出す良い機会になることが多いですね。
季節を意識することや、その月々に行われる行事なども大人だけだとさらっと流してしまうこともありましたが、子どもの制作物やおたよりで意識させられることもしばしばあるものです。

その他にも、学習内容であれば、百人一首や諺も懐かしさを覚えることもあります。
特に個人的には、諺は先人たちが過ごした時間の中で紡がれた短いフレーズであり、それは現代の世においても色褪せることはありません。
猫に小判、馬耳東風
百聞は一見に如かず

諺の多くは30代、40代になっても納得させられる行動指針や生き方を表してくれます。

そして自分が親になってからは、
かわいい子には旅をさせよ
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす
これを意識しないといけないなと感じるところではありますね。ついつい甘やかしてしまうと、子どもの成長を阻害してしまうのではないかと思ってしまいます。

子とはいえ、自分ではない他者との生活ではもちろん思い通りに全ての事が進むことはありません。
いらいらがあっても愛おしく思うことなど日常茶飯事です。
(妻に頼りっぱなしではありますが)子育てとは何かなどを考えると、自分の成長のためと感じるときも多くあるわけで、時間の使い方も人の日々の成長を間近で見られる特別な瞬間は自らの幼少期はどうだったのかを想起させるものであります。
ついつい陥りがちな考えは、「自分はこうやって成長して、今このように大人になっているのだから、子どもにもこれでいいんだ」と短絡的に決めてしまうことです。
理屈としてはわかりますが、自分ではない他者を自分の経験で押し付けるのは人権を無視してしまう子育てだなと個人的には思います。

先日、子どもが2泊3日の宿泊行事に参加しました。年長児で、不安ばかりでしたが、それを見送り、大丈夫かなぁと心配しながら妻と酒をゆっくり交わす時間は格別なものでした。
帰ってからは変わっていないようで成長していると感じることもありました。今までしたがらなかった歯磨きも自分でやり始めたり、やたらと洗髪が上手になっていたり。
言葉の端々に感じられる自信は、親元を離れた経験からなのかなと感じます。

子が成長していくことは、同時に親から離れていくこと。親も自ら子から離れていく覚悟を持って見守ることがお互いの自立していくには必要なことなのだと感じる夏休みのひと時でした。

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