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山中千尋 「Dolce Vita」

 山中千尋についてまったく知識はなかったけれど、「Dolce Vita」を一聴したら、とんでもなくエネルギッシュで激しいジャズミュージシャンだったことに衝撃を受けた。流麗で鮮烈。一音一音が真珠のように瞬きながら、うねりと激しさを持って聴衆を渦に巻き込んでいく。強く、美しく、萌出するアイデアの海。押され引かれぬはっきりとした個性がある。

 衝動買いでパカッとCDケースを開けてみたらなおびっくり。あの「ブルーノート」から出ているアルバムじゃないか。「ニューヨークを拠点に活躍する、日本が誇る女性ジャズピアニスト」。まったく知らずに――というか、興味を持たなかったことを恥じるくらい凄い演奏が奏でられている。

 2曲目の「To S.」でもその技巧を十分に味わうことが出来る。縦横無尽に流れるメロディー・ライン。予想も出来ない展開に思わず姿勢を正してしまう。本格的で、まっすぐ正統的に凄い。技術に心酔しているわけでもない。そこには確かに音楽への真摯さがあり、ジャズへの追求がある。……それにしても、本当に凄い。この約4分半の演奏のほとんどを自身の独壇場として、彼女が指揮する展開へ臆せず向かっていく。熱量が生み出す迸りには、誰にも奪うことの出来ない一番星のような煌めきがある。

 この2曲は山中千尋のオリジナル曲で、そこに込めた想いを聞かれた際にこう語っている。

 1曲目の"Dolce Vita"はお亡くなりになったウェイン(ウェイン・ショーター)や、坂本(坂本龍一)さんに少しでも自分がそこに近づきたいという思いを、前へ前へと行くようなコード進行に託しました。彼らを追いかけたい。そういう気持ちの表れたコード進行にし、それにメロディーを乗せてみました。
 最初の部分はちょっと激しいですが、それは彼らの音楽は私の燃料ですので、いただいたエネルギーで自分もロケットを発射するみたいにいろんな音楽を生み出したいという気持ちが出ています。

(Mikiki by TOWER RECORDS 2023.9.6)

 このアルバムは亡くなったウェイン・ショーターや坂本龍一へのトリビュート作品として作成され、3曲目以降は彼らを含めたほかの音楽家が作曲した曲が収められている。しっとり落とすべきところは落とし、ブルージーな夜へ招待するような音楽もある。オルガンやエレクトリックピアノを使って電子的な印象を生み出す曲もあり、まさに音楽の宇宙を体感する。直情的であったり、音の面白さを楽しんでいたり……。14曲もの曲も、すべてが五分以内に収まっているから聴き通しやすく、短編小説を一気読みしたみたいにいろんな魅力的な世界を十分に堪能することができた。それにしても、やっぱり一曲目の「Dolce Vita」を聴いたときの真っ当な驚き、一気に引きずり込まれた感覚は、なかなか忘れられないだろう。


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