「彼女と交わす取引と、そして普通を望む化物の学校生活」第23話

「あ、先生居た居た」
「……千里さん、貴方ね?」
 瑞香から一方的に電話を切られてから一時間程、彼女は悠々と歩きながら姿を現した。
 既に日が落ちかけている廊下に瑞香が歩いているといつかの再来のようだ。
 懐かしくは思いながらも、私は口調と表情は不機嫌を装いながら言葉を続ける。
「一体何を……」
「だから、電話でも言ったでしょ? フリークスがいて殺したって。鈴谷の部屋に行けば死体が残ってるよ」
「そこは疑っていないけど……」
「でもしょうがないでしょー? 相手は飢餓状態で私の事人間だと思って襲って来たんだから」
「だからそこは別に何も。というかいきなりそっちに行く、って何なのよ。私も向かってたのに」
「あぁ、ごめんごめん。こっちどうなったのかなって」
 瑞香は軽い調子で私に近づて来た。どんどん私たちの距離が縮まっていく。
「どうもこうも。よっぽど貴方の血と相性が良かったみたいね。何発弾を使った事か」
「……私の血が特別だから、とか?」
「あぁ、そう言えば貴方の血にえらく執着してたわね。何かあるの?」
「……さぁ? なんか私の血を使ったらフリークスもどきが出来たらしいけど」
「……そう、じゃああなたが以前話してた血が特殊なフリークスなのかしらね?」
「……かもね?」
 しかしお互いに何かを探り合うような会話になってしまった。
 私は鈴谷からの情報をどこまで開示してしまおうか迷う。
 今まで瑞香は自分の特異性について話した事が無かった。つまりおそらく瑞香自身が隠しておきたかったことなのだろう。
 ゆえに。
「……そういえば、あの女が貴方は血を吸う必要が無いとか言ってたけど」
 私は最低限必要な情報だけを聞き出すことにする。
「あー……」
 しかし私の言葉に瑞香は歯切れ悪く返事をする。
 どう答えたものか迷っているようだった。
「はぁ……、安心して、瑞香。組織には報告しない」
「え、いいの?」
「えぇ」
 私の言葉に瑞香は目を見開いて驚く。
 鈴谷の言葉が本当なら瑞香は人間を襲わなくてもいいのだろう。けれど、組織の判断は絶対に覆らない。
 おそらく瑞香を待っているのは研究だ。それもフリークスだからという理由で人権も何もない非道な物である。
 絶対に組織ならやる、と断言できるのが本当に酷い話だ。
「……まぁ、一応ね。ただ吸えない訳じゃない。前は自分の事を普通のフリークスだと思ってたからね」
 暗に人を襲った事があると瑞香は肯定する。この事を私は罰するべきなのだろうかとも考えるが。
 そんな審判者みたいな判断はごめんだった。
 人を襲うから殺す、私にはその判断基準さえあればいい。
 だから今彼女が私を襲わない、というのなら私は彼女を殺さない。
 この理論で自分を無理やりにでも納得させる。
「……そっか、ありがと」
「えぇ、だから」
「でもね、先生、もういいよ」
「え?」
 しかし瑞香の反応は予想外のものだった。
「ねぇ、小町先生、弾はまだ残ってる?」
 そして不可解な質問をしてくる。
 なんだ、彼女は何を言っている。
「……あと1発はあるわ」
「そう、ならさ。それで私を撃ってくれない?」
「……は?」
 彼女はいつもの笑顔で、平然とそんな事を言い放った。

「……待って、ねぇ? あなた何を言ってるの?」
 瑞香の言葉が理解できない。言葉が頭から抜け出てしまいそうだった。
 しかし彼女は笑顔のままだった。
 用談を言っている様子では無い。
「やっぱりさ、無理だったんだよ。普通の生活なんてさ」
「……そんな事」
「今回の事は全部私のせいでしょ?」
 瑞香の言葉に私は何も返す事ができない。
 状況だけ見れば確かにそうかもしれない。今回の件、鈴谷の暴走とはいえきっかけは瑞香の血液だ。
 そして学校の襲撃も瑞香の行動の結果ともいえる。
 言えるが、しかし。
「っ!! この件はあの女医が暴走した結果よ、貴方は」
「関係無い訳、無いよね? 私のせいで教頭先生は怪我した。……先生は大丈夫?」
「……今は別の部屋で気を失ってる。これから病院に連れていくけど」
「そっか、教頭先生ね、ずっと私に来るな警察に連絡しろ、って。私は生徒何だから何も責任が無いって」
「……あの人らしいわね」
 教頭先生は厳格だが生徒には熱心な人だ。現に瑞香の事を気にかけていたのも彼女だ。
 もしかしたら彼女なりに瑞香の状況に責任を感じていたのかもしれない。
「そんな訳無いのにね。全部私のせいだよ」
「だからそれは!!」
「だから私、学校辞めるね」
「……はい?」
 待て待てなんでそうなる。
 彼女が告げて来る言葉に思考がついて行けない。
 自分を撃てだの、学校を辞めるなど。
「もう2度と学校に通わない。だから先生。私を撃って組織に報告しなよ。フリークスを3体討伐しましたって」
「……貴方、その程度じゃ死なないでしょう」
「2度と出て来なければ死んだも同然でしょ?」
 あぁ、つまりだ。
 瑞香は私に引導を渡せと言っているのだ。
 自分がもう普通の生活を望まない様に。
「そう、ね……」
 私は懐からニューナンブを取り出す。
 シリンダーを確認し、中に一発だけ弾丸が残っている事を確認した。
「あ、そうだ」
「何よ?」
「最後にさ、教室行ってもいい?」
 瑞香はそう言って私に確認を取る。
 その顔と、目を、表情を見て。
「……分かった」
 私は断ることなく、瑞香の言葉に従う。
「2年2組?」
 歩き出した私に瑞香がついてきた。
「そう。てか先生あの時よくわかったね」
「教頭先生から聞いたのよ」
「えー、そこでお教頭先生関わって来るの?」
「そうね」
 そう言われてみれば私と彼女の間にはちょくちょく彼女の事も関わってくる。いや名前すら覚えていないのだが。
「……ねぇ、瑞香」
「ん? 何?」
「教頭先生の名前、知ってる?」
 階段に踏み出しながらの言葉に瑞香の舌が動かなくなった。
 思わず振り返ると彼女にしては珍しいバツの悪そうな表情をしている。
「えと……」
「……別にいいわ。今度聞いてみる」
「い、いや。教頭先生としか呼ばないから……」
「そうね……」
 今度あの人に名前を聞いてみよう。もしかしたら小言の1つでももらうかもしれなかったが。
 階段を登り切ると、ある1つの記憶がよみがえってくる。
 瑞香が窓をレンガでぶち抜いて突き破ってきた時の事だ。
「……先生? どうしたの?」
「いや、貴方が窓ぶち抜いてきた時の事思い出した」
「あぁ」
 瑞香も思い出したようだった。あの初対面の日だ。
「あれ、高かったのよね……」
 おかげでローレルへのスパチャが途切れるとこだった。
「何度も言うけど、いきなり先生が銃撃ってきたからだからね?」
「貴方を責めてる訳じゃ無いわよ、ただの愚痴……」
 けれどあの時は瑞香がフリークスであると確信していたのだ。
 けどあれが無ければこの出会いも無かったのだ。
 人生何があるか分からない。
「いやいや。責めてるようにしか聞こえないから」
「そう? まぁ、けど。普通窓枠ごとぶち破る? ガラスだけで良くなかった?」
「そんな事したらケガするじゃん」
「それは、そうだけど……」
 お前フリークスがそれを言うのか。そしてあの鈴谷の再生能力が瑞香由来なのだとしたら相当だぞ。
 私の考えている事が伝わったのか、瑞香は不満げな視線を向けて来る。
 全く本当に厄介や奴だった。
「……さて」
「えぇ……」
 そして私たちは2年2組の教室に到着した。
 そこは奇しくも私が瑞香に負けたあの教室だった。
 二人で教室の中に入る。
 私は教壇に。瑞香は机に。
 私たちはいつかのように向かい合う。
「……準部は?」
「……うん。いつでもいいよ」
 瑞香は狙いやすいように頭をこちらに近づける。
 その顔が私に近づく。
「……先生」
 覚悟を終えただろう瑞香が私に声をかける。
 私は両手でリボルバーを構え、腕を持ち上げる。
 瑞香と銃身が一直線になるように、腕をまっすぐ構えて。
「……はぁ」
 私は全身の力を抜いて構えを解いた。
「……先生?」
 瑞香は私の雰囲気が変わった事を敏感に感じ取ったのだろう。
 疑問気な声と共に顔をあげる。
「あのね、そんな顔の奴撃てる訳無いでしょ……」
 そして私は泣きそうな、辛そうな、潤んだ目で私を見上げている瑞香にゆっくりと返事を告げた。
「……で、でも」
「あぁ、もう!! でももだってもないの!!」
 私は最後の一発を床に向けて放つ。周囲に爆発音が響き渡り、火薬の匂いが充満する。
 これで私の弾丸は無くなった。
 瑞香が茫然と私を見つめる。
「瑞香!! 貴方就学旅行行った事ある!?」
「……え? い、いや、無いけど……」
「2年生にあるらしいわ!! 次、文化祭や体育祭はどうしてた!?」
「て、適当に一人で……」
「今年生徒会でしょ!? 色々仕事あるんじゃ無いの!?」
「た、たぶん……」
 私はどんどん瑞香に詰め寄っていく。
 彼女は私に押されてどんどん後ろに下がっていった。しかしすぐに壁に背が着く。
「……私はね、全部やった事無いわ」
「……え?」
「私は狩人になる事が全てだったもの」
 その事を後悔したことは無い。いや、正確にはした事が無かった。
 それしか自分にはできなかったから。
 それだけだと思っていたから。
「瑞香、貴方は普通の生活送りたいんでしょう?」
「それは……」
 瑞香が何故ここまで普通の生活を望むのかは分からない。
 けど、つい先ほどの確認で私の認識を終わった。
 彼女が人間を襲わないというのなら、私は彼女の味方になれる。
 ただ鈴谷と瑞香の言葉だけで証拠が無い事は理解している。
 ただ自分ができなかった事を瑞香に投影している事も理解している。
 それでも、私は彼女の未来を見て見たくなった。
「なら、学校に通うべきよ」
「けど……」
 今回みたいな事が起きたら、と瑞香は言葉を続けるつもりなのだろう。
「その時はほら。2人で何とかしましょう?」
「……先生、実は私の血は希少で他のフリークスに狙われてるって言ったら?」
「何とかする」
「私を狙ってくる奴らはフリークスの中でも面倒な奴が多いって言ったら?」
「何とかする」
「けど……」
「逆に聞くけど、その中に貴方より強いフリークスは居るの?」
「……居る」
「……その時は力を合わせれば何とかなるわよ」
「もう……」
 瑞香がやっと少し笑ってくれた。
 呆れた、の間違いかもしれないが。
「……本当にいいの?」
「えぇ、任せなさい」
 一瞬、瑞香がくしゃりと顔をゆがめる。
「うん、ありがとう、小町先生」
 しかしすぐに満面の笑みで私に返事をしてくれた。


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