「彼女と交わす取引と、そして普通を望む化物の学校生活」第24話(終了)

『――へぇ、じゃあ次のマッチング相手見つかったんだ。良かったね!!』
 画面の中ではいつものローレルの定期配信が合っている。
 どうやら以前の配信で振られたリスナーが再びデートにこぎつけたようだ。
 嬉しそうにローレルが祝福の言葉を述べている。
 そして時間はあと少しで23時になろうかという時間だった。
 拾われる話題はあと1つ程だろう。
「……ふぅ」
 私は震える指と心臓を意識しながらキーボードを操作していく。
 こんな事をして良いのかいやただの自意識過剰か、と嫌な速さで思考が頭をめぐっている。
 しかし私は意を決して送信ボタンを押した。
『あとは、え?』
 ローレルの言葉が止まる。反応が怖くて目を閉じてしまう。
 しかしコメント欄には私が打ち込んだコメントが表示されているはずだ。
『ベルギア:最近、友人が出来ました』
 自分でも何が言いたいのか分からない。何を言いたいんだ、という感じだ。
 ローレルの雑談を聞きつつ、文章を推敲していたのだが、こんな文章しかできなかった。
 頼むから気付かないでくれ、と行動とした矛盾した感情は湧き上がるが。
『ベルギアさん!! コメントしてくれたんだ、ありがとー!! え、新しく友達出来たの? どんな人どんな人?』
 ローレルは楽し気に反応する。コメント欄も「ベルギアさんだ!?」「コメント初めて見た……」と否定的な物では無かった。
 私はさらにキーボードを操作する。
『ベルギア:可愛らしくて、表情豊かで、周囲の事を考えている優しい人です』
『うっわ、めっちゃいい人じゃん!! ベルギアさんその人大切にしなよ!?』
『ベルギア:はい、けど……』
『ん? けど?』
『ベルギア:元気過ぎて、ちょっと疲れてしまいます』
『あっはっはっは。そんな元気な子なんだ。ベルギアさん頑張ってね!!』
『ベルギア:はい。仲良くできる様に頑張ります』
「はー……」
 慣れない事に思わず肺の中の空気を吐き出してしまう。
 指先が汗をかいて緊張していた。
 そして時間は23時なる。
『ベルギア:それではおやすみなさい、ローレルさん』
 いつものスパチャと共にローレルに挨拶を行う。
『うん。ベルギアさんもおやすみなさい』
 いつもの挨拶で体の力が抜けていく。
『じゃあ、そろそろ時間だし、皆もお休みなさい。明日のためにも早く寝なよー?』
 コメントに「おつー」という言葉が流れ始める。
 私はパソコンを閉じて眠りについた。
 今日もおそらく夢は見ない。

「おはようございます、ハイデンブルグ先生」
「は、はい!?」
 朝の校門前に居るはずの無い人がいた。
 顔にガーゼを当て、頭に包帯を巻いてはいるが、それは紛れもない教頭先生だった。
「い、いや先生!? なんで居るんですか?」
「……今日が出勤日だからです」
「その怪我で出勤な訳無いでしょう!?」
 教頭先生はさすがに分が悪いと感じたのか目を逸らす。
 どれだけワーカーホリックなんだ。
「……千里さんの事が気になりまして。彼女の事だけでも確認したかったので」
「あぁ……」
 しかしどうやら仕事では無く瑞香の事が気がかりだったらしい。
 そう言えば昨日は彼女の事をかなり気にかけていた。
 目を覚ました後も真っ先に彼女の心配をしてきたほどだ。
 瑞香と一緒に宥めて誤魔化して病院に連れて行ったのがなんだか懐かしく感じる。
「昨日も見た通り千里さんは無事ですよ」
「体が無事でもショックは受けているでしょうから」
「それは、まぁ」
 教頭先生の言葉を安易に否定することはできない。
 確かに普通の生徒ならそうだろうから。
「しかしそれにしても鈴谷医師は何故千里さんを狙っていたのでしょう」
 そしてまた絶妙に答えられない事を聞いてくる。いや当然の疑問か。
「え、えと。昨日も話した通り、仕事のストレスで妄想が起きていたようで……」
「妄想、ですか……」
「えぇ、何でも千里さんの血が万病の薬になるとか……」
 まぁ、似たような感じの事は言っていた。鈴谷もフリークスの事は隠していたようだし、問題無いだろう。
 後の処理も組織が滞りなく済ませた。
 向こうには2体のフリークスを仕留めた、と告げてあるから疑いなく話は通っただろう。
 複数のフリークスがいる事も珍しく、しかも2体ともの死体があるのだ。
「それで、その後は……」
「えぇ、何処からか入手した拳銃で自殺。後は警察が対処してくれています」
 そこは多分、組織がきちんと警察とやり取りをしたはずだ。
 おそらく不可解な事件として結末を迎えるだろう。
「はぁ、きちんと罪は償ってほしかったですね」
「えぇ、本当に……」
 教頭先生も不満げな顔をしていたが、一応の納得は示している。
 鈴谷にしても、フリークスにさえならなければ殺す事も無かったのだが。
「……ハイデンブルグ先生」
 しんみりした空気になっていると教頭先生が不意に声をかけて来た。
「はい?」
「私は先に職員室に向かっておきます。朝礼までは何とか頑張りましょう。他の先生には状況が整理できるまでが内密に」
「え? あ、あぁはい。分かりました。けど、千里さんは……」
「私は後で構いません」
 教頭先生は思いのほかしっかりとした足取りで校舎に向かっていった。
 急に何なのだろうか、と彼女の後ろ姿を見送っていると。
「小町先生」
 私の背中に抱き着いて来る。思わず前につんのめってしまった。
「――っ!? せ、千里さん?」
「あ、瑞香じゃ無いんだ」
 瑞香は器用にくるりと私の前に降り立つ。
「昨日はあんなに言ってくれたのに」
「……そんなに言って無いでしょ?」
「壁ドンまでしながら言ったのに!?」
「壁ドンって……」
 そんな事しただろうか。
 いやしたな。彼女に詰め寄っているうちにそんな体制にはなってしまったような気がする。
 けどあれは壁ドン判定で良いのだろうか。
「ま、いいけど。それより、教頭先生と何話してたの?」
「あぁ、よくその怪我で学校来ましたね、って」
「……そういえば昨日鈴谷に殴られてたよね?」
「そうなのよね……?」
 鈴谷に殴られたというのは瑞香に殴られたも同義である。
 彼女ももしかして特殊な人間なのだろうか。
「うーん。あ、それもだけど、名前聞いた?」
「あ、忘れてたわね」
「うーん。今更聞きづらいな……」
「もう教頭先生で通せばいいんじゃないかしら?」
「えー? さすがに恩人にそれは……」
「けど、貴方今まで1年学校に通ってて名前知らなかったんでしょう?」
「それはそうだけど……」
 私と瑞香は校門まで歩きながら会話を続けていく。
 しかし瑞香は何かに気付いた顔をすると私の前に回り込んだ。
 校舎と朝日を背にして私に向き直る。
「千里さん?」
「そういえば言って無かったねって」
「何を?」
 私の疑問に瑞香が満面の笑顔で告げる。
「おはよう、小町先生」
「……おはよう、瑞香」
 私はその言葉に思わず下の名前で返事をしてしまった。


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