佰食屋から学ぶ、中小企業経営と働き方
「売上を、減らそう」
こんな衝撃的なタイトルの本をご存知ですか?
メディアでも多く取り上げられる、京都にある国産牛ステーキ丼のお店「佰食屋」を経営される中村朱美さんの本です。
その名の通り、1日百食限定のステーキ丼を販売するお店。
1日百食売り切ったら閉店するお店。
この経営スタイルが目指すものは『終わりのない「業績至上主義」からの解放』。
私がこの本を手に取ったのは、なんとなく「新しい飲食店のモデルの1つ」としてどんなもんなのか?程度のものでした。
しかし、この本で中村さんが語っているのは、飲食店限定のちょっとしたアイデア話なんて小さなものではなく、中小企業の生き残り方だったり、中小企業の雇い方だったりについて一石を投じるものだと衝撃的に思いました。
今回は、中小企業の経営支援の専門家の立場から、この経営スタイル、働き方モデルへの提唱について書いてみようと思います。
まず1つ言えるのは、中小企業経営者ならこの本1冊読んだ方がいい
このような文章で始まるこの本は、このような経営スタイルできちんと利益を出せる企業体質をどのように生み出したのかを、中村さんの経営哲学を中心に赤裸々に書いておられます。
まず、中小企業経営者の方であれば、飲食業以外の方であっても、まずはこの本を買って熟読したほうがいい。
佰食屋の経営スタイルをそのまま活用すればうまくいきます、なんてことは絶対にありえない。
ですが、この経営方針の中には中小企業の生き残っていくためのエッセンスがちりばめられていると思うのです。
主なポイントは下記の3つです。
業界の常識からの脱却
「なぜ飲食業界はブラックなのか」
一般的な飲食業界の労働は「安い」「キツい」という印象が根強く、実際にそういう現場がほとんどかと思います。
そのため人手不足で、その穴を埋めるために過重労働が慢性化していき、それでも給料は上がらない。そして土日もない。
経営陣側は、立地と人材を何とか確保して、
「せっかく同じ家賃を払うのなら、なるべく長い時間営業してできるかぎり売上を伸ばそう」
「あとは利益率の高い種類をたくさん売って利益を得よう」
「そしてこのスタイルを複数展開して、規模の利益を取りに行くぞ!」
これが常識的な飲食業界の経営スタイルです。
その結果、飲食業界のビジネスモデルでは、働く人にとっての利益は給料でも休暇でもなく、お客様からの「ご馳走様!おいしかったよ!」という言葉だという信仰が摺りこまれることとなる。
中村さんは、この飲食業界の常識がおかしいと考えます。
一緒に夢を追ってくれる大切なスタッフの情熱に甘えて、過酷な労働環境を当然とするスタイルでないと利益が出せないというモデル自体、そもそもおかしくないか、と。
ここから「飲食業なのに残業ゼロ」のモデルがスタートします。
みなさんの業界の常識の中で、
「これはなぜこうなっているんだろう」
「なぜこんな無駄があるんだろう」
こんな疑問はありませんか?
その疑問の向こう側に"答え"がきっと待っているはずです。
お客様とスタッフを引き付ける吸引力のある商品・サービス
詳細は割愛しますが、佰食屋の材料費率は50%、人件費率は30%。
この数値だけで、飲食業界の人ならこのスタイルがいかに常識から逸脱しているか理解いただけると思います。
一般的な飲食業界の平均は材料費率30%、人件費率は30%、合計60%に抑えるのが定説とされています。
大手チェーンの「スシロー」なども原価率50%ということで有名ですが、これは佰食屋という数席しかない食堂のお話です。
佰食屋の営業は11時から14時半の3時間半。
「この時間内でお客様に満足のいく100食を売り切る」というのがこの会社のその日のミッションです。
これを成り立たせるために必要なポイントは下記の2つです。
このモデルを成り立たせるための1つ目のポイントは、「お客様だけでなくスタッフをもあこがれさせる強い商品・サービス」であるということです。
ここでのポイントはお客様だけでなくスタッフもあこがれさせるほどの商品かという点です。
お客様に感動を与えるには単に「いい商品・サービス」ではダメで、それをお客様に届けるスタッフが、その商品・サービスを誇りに思っていることで初めて、それをお客様の感動レベルまで引き上げることができるのです。
佰食屋では、代表の中村さんがご主人が作ったステーキ丼のおいしさに魅せられ、「人生最期に食べたい一食」と思うほどのおいしさをもっと多くの人に知ってもらいたいという想いから事業化しています。
そしてその強い商品・サービスを、「いかに安定的に提供できる体制を整えるか」というポイントが2つ目です。
いかに強い商品・サービスであってもそれが安定的に提供できないと、それが無駄を生みます。
無駄があると労働が効率化されなくなり、結果的に労働時間が無駄に長くなります。
佰食屋では、3時間半という時間に100人のお客様がいらっしゃることで行列ができ、お客様の不満足につながり、スタッフの焦りにつながり、おいしいステーキ丼を安定的に提供できなくなった状態を受けて、整理券を配布するというスタイルにたどり着きます。
お客様は一度整理券を受け取るために来店し、そして実際の整理券に記載された時間に再度来店することで、待つことなくおいしいステーキ丼にありつけるわけです。
ここで重要なのは「お客様が二度も来店してでも食べたいステーキ丼」でないといけない。
1つ目のポイントと2つ目のポイントはリンクしているのですね。
そして、この2つのポイントは飲食業界だけでなく、あらゆる業種や事業においても応用可能ということをご認識ください。
いかなる事業であっても、商品またはサービスが強い事業として他の人たちを吸引していくものでなくてはならない。
そして、仕事が安定的に社内に入ってくる環境を整えることが仕事のムダを省いていく大前提となります。
私が経営する会計事務所でも、お客様からお預かりする資料が定期的に集まる仕組みを構築できないか最近考えるようになりました。
弊社でもテレワークを導入していますが、その中でお客様からの資料収集が不安定になるためにテレワークのスタッフに安定的に仕事を供給できないという課題があることがわかりました。
これを受けて、どのようにお客様からの資料収集を安定的にスムーズにできるか考えるプロジェクトチームが動いています。
このように、飲食業以外であったって、佰食屋のビジネスモデルからヒントを得られる部分が非常に多いと感じています。
「圧倒的に強い事業を作り、その提供過程を徹底的にシンプルにする」というこのビジネスモデルは本質的に正解であるが故、いかなる事業にも応用が可能だということです。
ストーリーが伝わった時、お客様もスタッフも集まる
佰食屋では、中村さんが発信する、
「お客様はもちろんですが、うちにとってはスタッフが一番大事です」
「だからこその1日100食限定のお店です」
というメッセージ(=ストーリー)がお客様やスタッフ、利害関係者に明確に伝わることで人を集めることに成功しています。
私はお邪魔したことはないですが、おそらく佰食屋のお店は1つのショーを観に行くといった感覚で行かれるお客様も多いのではないでしょうか。
「1日で100食だけ、おいしいステーキ丼を最高のパフォーマンスでお客様に提供する」という明確な目的がある中で働く人のモチベーションは必然的に高い。
おいしいステーキ丼、だけではなく、中村さんが発信するストーリーに共感して人が集まる。
私がお伝えしたい中小企業のストーリー作りということを実に明確に表現してくれている1つの見本として考えています。
そしてそのストーリーは経営者の圧倒的な発信力でお客様に伝わっていきます。
属人的でいい。
個性的でいい。
まとまるな。
尖っていこう。
その先にしか青い池は無い。
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