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ダイエット小噺 4話〜過去最高体重を記録した日〜

大学の卒業式を終えた後、一人暮らし用のアパートを引き払い、実家に戻った。
就職は地元ですることになっていたので、4年ぶりの実家暮らしがスタートしようとしていた。

「自分で、自分のためのお金を稼ぎたい」と高校生の頃から思っていた私は、「社会人になる」という強い心意気と新生活への希望で満ち溢れていた。

けれども見た目は、実家を出た高校生の頃より、幾分かひどい姿であった。

大学終盤での不規則な生活が影響し、顔にはニキビができてリンゴみたいに赤く腫れていたし、顔は怒った河豚みたいにパンパンで、なんとなく身体が重くなっていることを自覚していた。

荷物を送り届け、引越しも一段落ついた、翌日。

その日を、「脂肪の命日」と呼んでいる。

我が家の掟として、お風呂に入る直前に、体重測定をする時間割が設けられていた。
身につけている衣服や眼鏡諸々を全て脱ぎ、鬼母の熱視線を背中に受けながら、体重計にただ乗るというものだ。

高校生の頃から痩せられなかった私は、鬼母に体重管理をされていた。

1ヶ月前にジムを退会した私は、久しぶりに乗る体重計に恐怖を感じつつも、どこか、「大丈夫でしょ〜」と楽観的な体重を想像していた。

お手洗いで排出できるものを全て出し切り、とりあえずお腹を引っ込ませ、より体重が減るようになる(気がする)仕込みは完璧だった。

覚悟を、決めなければならなかった。

パッパラパーーパッパッパッパッッパパーー

競馬さながらのトランペットの音が、脳内に鳴り響く。

馬に乗った騎手は、胸の鼓動を聞きながら、いまかいまかとスタートの合図を待っている。

そんな気分で、体重計の前に直立していた。

ビ・ビ・ビ・ピー

音程を聞き取りにくい電子音が脳内に響き渡った瞬間、自分のまるまるした黄色い右足を体重計の上に乗せ、息を止め、最恐のスタートを切った。

ふと足元を見ると、両足の間に数字がでていた。

56.5

時は、止まった。

洗濯機が隣でごうごうと回る音
暖房がふぁーっと風を出す音
誰かがスリッパをぱたぱたと走らせる音
お風呂が沸きましたという電子音

生活音はあるはずなのに、何も聞こえてこなかった。

大学入学時は...
155センチ、52キロだったはず...

数字に驚いたと同時に
あ、やば…
という言葉しか浮かんでこなかった。

そして、後ろを振り向くと、もともと大きな目ん玉をもっと見開き、私よりも驚き狂っている監視役、それすなわち母親が、仁王立ちで待ち構えていた。

目を合わせる0.07秒前には、母はフッと空気を飲み、

「こんなにぶくぶく太って!一人で何を食べていたの!ジムに通っていたのに何の意味もなかったじゃない!ただのデブ!」

と、怒鳴られた。

するすると母親の口から出てくるそれらに、

「デブって他人に言われたら、2キロも太りやすくなるって本に書いてあったから、言ったらダメなんだよ!」

なんて、抵抗してみたりする反発精神もなく、そんなことを口答えする立場もなかった。

ただ、母は続けてこうも言った。

「明日からダイエットよ!私も協力するから!」

言葉の最後に常にエクスクラメーションマークがついているような母親のヒステリックな話し方は、鬱陶しくて大嫌いで、人生の反面教師ではあったものの、
その時ばかりは、母が唯一の頼みの綱であった。

もはや自分一人でどうにかなるものではない、ちょいデブ体型になっていることを知った。

デブとまでは言わなくていいかもしれないが、決して痩せていないし、標準体重を余裕で超える数字を見てしまった。

そうして私は、本気で痩せようと自分と母に誓った。

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