疑うより信じていたい

今お付き合いしている彼との出会いは、
マッチングアプリだった。

マッチングアプリでの出会いは、
“信頼”や“信用”がとても鍵になると、
わたしは思っている。

なぜなら人間関係は、"信頼という感情"をもとに、形作っていくから。

友人を介した紹介や職場での出会いであれば、
ある程度、その人自身の裏付けができている。

でも、マッチングアプリでの出会いはそうではない。

どこで働いていて、
どんな仕事をしていて、
どんな人たちに囲まれていて、
どんな家で、どんな生活をしているのか、

そういった相手の情報をゼロから聞き出していく必要がある。

「〇〇という会社で働いている」と聞いたとしても、
本当にそこで働いているのか、
一体なにが、それを示す証拠になるだろうか。

相手の話を信じて、関係性を構築していくしか、
信頼関係を築く方法はないのだ。

話は変わるのだが、
実は、今の彼と初めてセックスした時、
避妊に失敗してしまった。

失敗したと分かった時は、本当に頭が真っ白になり、
何も考えられなくなり、ベッドの上で呆然とした。

“いち早く、この場所から逃げたい”と思い、

「帰る」

彼はなにかわたしに向かって発していたがそれを無視して、彼の家を出た。

わたし自身失敗したのは初めてで、どう対処すればいいのか全く分からず、家に帰っている道中、急いで友人に電話して、するべきことなんかを聞いたりした。

セックスに失敗したことは、ショックだった。とても面倒だなと思った。

自分たちの不注意のせいで、本来必要のなかったことをしなければならなくなり、本来必要のなかった心配が生じている。

ただそんなショックな気持ちよりも、
“この人を信じていいのだろうか”という疑いの気持ちの方がよっぽど強かった。

わたしは彼に対して、ひどく疑心暗鬼になっていた。

“彼は性欲のために付き合っているのかもしれない”

“わざと避妊具を外したのかもしれない”

“よりによって、初めての時に失敗なんて”

“始まったばかりだけどこの関係は終わるかもしれない”

こんな思考が、頭をぐるぐると回っていた。

彼は、わたしが家に着くタイミングで電話をかけてくれたが、それを無視したし、一緒に病院に行くよと言ってくれている彼を拒んで、1人で病院に行くと突っぱねたぐらいには、疑心暗鬼になっていた。

布団で横になっても、思考は止まることなく寝付けなかった。

結局翌日、彼はその日あった予定をキャンセルし、
一緒に病院に付き添ってくれた。

病院に行った後、近くのカフェに寄り、薬を飲むのを目の前で見て、数時間一緒にいた。

彼の行動は、模範解答のように正しかった。

いい人を選んだなと思った。

それでも、湧いて出てきた彼を疑う気持ちは、萎むことなく、風船みたいにどんどん膨れ上がっていった。

その疑いは行き場所をなくし、
わたしは思いの丈を吐き出さざるをえなくなった。

 失敗したと気付いて頭が真っ白になったこと

 急いで友人に電話したこと

 面倒なことが起こったと思ったこと

 もしかしたらと先のことを考えて不安になったこと

 いま自分の身体の中でなにが起こっているか分からないこと

 一緒に病院に来てくれて少し不安が和らいだこと

 彼を疑ったこと


何も言葉を発することなくそれらを聞いた彼は、
「話してくれてありがとう」と言い、
携帯の電話番号と名刺を渡してくれた。

過去に交際していた人から名刺をもらったことはなく、それはわたしにとって初めてのことだった。

「必要な時は、ここに電話してくれていいから」

わたしを安心させるための行動だと気付いた。

信頼を取り戻したいと、彼が深く願っているような気がした。

わたしは終始、自分のことしか考えられなかったけれど、彼も相当戸惑っていたのだろう。

想定していなかった出来事が起こったうえに、対処法も知らない。
そして、付き合って1ヶ月にも満たない彼女から、強い疑いの目を向けられている。

"この、つまらないミスを挽回するために、どうすればいいだろうか"

きっと彼は、そう考えたはずだ。

そして、携帯番号を交換すること、名刺を渡すことで、この状況が少しでも和らぐようにしたのだろう。

この行動自体が、彼への信頼に結びつくものではない。

ただ、彼が、わたしの信頼を取り戻そうと善処してくれているその気持ちに、

"この人を信じたい"

そう思わせのだった。

ただ、まるっきり相手を信じているわけではない。

常に相手の行動や言葉を見て、

"きっと大丈夫、信じておこう”

それぐらいの気持ちでいる。


「疑う」のはあまりにも簡単であるけれど、

「信じる」という感情を持ち続けるのはあまりにも難しい。

だから、「誰かを信じる」ということは、

自分の意志であり、

そう決めた自分に、自信を持たせるのと同じようなことだと思う。

だから、アーティスト・小田和正さんはこんなふうに歌ったのだろう。

"疑うより信じていたい"

と。

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