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[推し本]二重のまち/交代地のうた(瀬尾夏美)/物語があるから生きていける

瀬尾夏美さんについてはたまたま「声の地層」で知り、なんだかすごいもの読んじゃった!、となりました。
それをきっかけに、瀬尾さん主催の東北スタディツアーにも一緒に参加させていただき、実際に震災13年後の陸前高田を見て、聞いて、知ることができました。

この「二重のまち/交代地のうた」は、津波で大きな被害を受けた陸前高田が復興のために土地を嵩上げする経過をずっと眺めてきた瀬尾さんならではの新しい民話と言えるでしょう。
津波で町が根こそぎ流され、そこにあった風景もコミュニティのつながりも喪失しました。がれきが除かれ更地になった土地には、弔うように元住人の方たちが花を植えていたそうです。
その花畑もいよいよ嵩上げで埋まることになり、それは今を生きる人がこれから先も安心して生きるために必要な復興工事ではあるけれど、十数メートルもの嵩上げで足元にかつての町がすっかり埋まってしまったことは、二度目の喪失感を喚起させたといいます。

瀬尾さんは、その二度の喪失感を抱えてなお生きていかないといけない人々の声にならない想いを掬い上げます。無くなった町、亡くなった人たち、その記憶をつなぐ「場所」を喪失する不安を、復興工事の大音響の中で言える人は多くはなかったでしょう。瀬尾さんが住民と関わる中で、それぞれの立場から出る意見、ぽつりぽつりと漏らされる言葉、それらを受け止め、ろ過し、悲しみを希望につなげるように編み上げられたのがこの物語です。

ぼくの暮らしているまちの下には
お父さんとお母さんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた

地底のもう一つの世界で死者は生き続けていて、そこでは昔と同じ風景があり、お祭りがあり、花々が咲いていて、営みがある、と訥々と物語られます。不思議で、悲しく、美しい。
ファンタジーとわかっていてもそんな想像をできるだけで救われる、それはいつしか少し不思議だけれど本当の出来事のように口伝されていく、よくある昔話も、もしかしたらこういうことから生まれたのではないか、と思います。

瀬尾さんが描いた絵がたくさん挿絵にあり、花畑のカラフルさがとても印象的です。被災地の茶色いイメージに色がついたような気がします。

帯と巻末に民話採集者の小野和子さんの言葉が寄せられています。ここから、私も小野和子さんを知ることなるのです。これがまたものすごい方だったのは別で書きます。

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