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c1 "sacrifice"

ペイント弾の詰まったマガジンをアサルトライフルに挿し、市街地を模したフィールドへ降りる。チームのスタート地点へ向かいながら腰に下げた3本の替えのマガジンに触れ、揃っていることを確認した。
土を踏んで歩く。
ブーツの裏に感じる雑草や小石の感触が、お前たちは元来土の上に居たくせにと伝えてくる。

これは陸軍兵士の模擬戦でもあり、数億人の観客が見守る人類最大のスポーツショーだ。
開始前のアナウンスに熱狂を煽られ、上空のプレミアムシートで観覧するどこぞの富豪達の狂気的な歓声が止まらない。
月やら地球やら各地で眺めている者たちも同じ熱を持って、フィールドに何基も飛んでいる薄いカード型のドローンから送られるライブ配信を凝視しているのだろうか。

このゲームは大昔に人気を博していたが、軍の技術の進化と共にゲームに使う装備もそれを模したものに変化し続け、それがかえってゲーム本来の面白さを損なったために人気は一度衰退した。しかし現代の軍部は兵士の訓練とショウビジネスを兼ねるプロジェクトとしてこのゲームに目をつけ、原点回帰のスタイルを復刻し、世界最大級のイベントへと発展させた。

選手としてフィールドに立つ者の装備は薄い。
ゲーム用ウェア、チーム分けと選手の状態によって色が変化するキャップ、各選手視点配信用のカメラ兼ゴーグル、グローブとブーツ。それだけだ。
パワードスーツも、追尾弾やレーザー銃用の装備も身に付けない。
観客が観たいのは出来る限り丸腰に近い選手。このスポーツで便利な近代の装備を使用することはありえない。それは観客が「痛み」を疑似体験することに飢えているからだ。技術の発展によって「痛覚」などの不快な感覚の抑制と予防策が普及し、普段誰もが滅多なことでは痛みを感じることはない。小さな擦り傷すら無い平穏な日常が物足りないのだ。
ゲーム用に調整された銃のペイント弾の威力はウェアを突き抜けるほどではないが、当たると痛く、選手の体には数日残るあざが出来る。AIに戦略を伺うこともなく、小石交じりのフィールドで物陰に滑り込んで擦り傷を作り、痛みと共に撃たれるリスクの中、人間の頭と体を使い攻略していく古来からの戦闘スタイルが多くの観客の心を揺り動かしているようだ。
このゲームショーは数億人もの観客が見守るライブ配信をされ、人気選手は尊敬と富を約束され、その上、誰がどういった動きをしたかの記録が残り、兵士としての出世にも影響する。

俺達のチームは南の砦に集合した。
いつもの相棒が隣に立つ。
「勝つぞ。」
当たり前だ。ハンドガンを握る相棒の目を見る。

「3.2.1 スタート!!!!」

前線の役目を振られた者から順に走り出す。
「!」
土の上で歩くことに慣れていない上に、気ばかり急いている新人は、スタートの合図から数歩踏み出したところで転びそうになる。そこに続く、転びそうになる者に衝突する者。これは毎度の光景だ。
前線にはいつも新入りが混じり、大概の奴等はこの模擬戦で雑草と土の上を産まれて初めて歩く。いつもの歩き易いコロニー居住区の床面とはまったく感覚が違うから仕方がない。

俺と相棒は、前線の者達のすぐ後ろに付き、前線の戦力を補強し、新入りを守り、潜伏が下手な新人に撃ち込んでくる敵の位置を見極めて砦の守備の者へと伝える役割だ。

「右側。」
「だな。」
相棒が目を合わせて頷く。
このフィールドの南の砦からスタートすると新人は皆、隠れる壁が多い右側で潜みたがる事を、俺達も敵もよく知っている。
前線の者が砦からほぼ出払ったタイミングで共に走り出す。

砦を出てすぐドラム缶の裏に身を隠すと同時に、ドラム缶にペイント弾が3発かすり、中のインクが弾ける音がした。
相棒は、すぐそばの低い柵の裏に伏せていた。
「どこからだ」
「あの窓の辺りに居る」
打ち込める体制で銃を構えてそちらを覗く。居た。頭と銃の先が少し見える。他の者を狙っているようだ。
こちらを見ていないと判断すると同時に3発打ち込み即座に移動する。
「前へ」
合図し次の壁へと走り抜ける。
「ヒット!」撃った方向から声がする。当たったようだ。
新人の潜む場所を発見しなければならない。
軽く覗いて敵が居ないと判断すると、相棒はもうひとつ先の壁の裏へ走り抜けた。

「ヒット!」
敵に撃たれた新人が前方から歩いて戻ってきた。
体にペイント弾のインクが付いたためにキャップが反応し、死者の印として赤い光を表示している。
このインクは着弾した中心点は濃く色付き、中心点から外側へとグラデーションを作りながら次第に薄く着色していく性質を持つため、体以外に当たった弾のインクの飛沫と、命中した場合の色の区別は容易につく。

さっさと歩け。
落胆したのか知らないが、ここが模擬だとしても戦場で、観覧者が居るショウでもあるということをまだわかっていないのか、新人がやけにのんびりした足取りで隣を通る。早くその足音を遠ざけてくれないか。

相棒が前進した。
愛用のハンドガンを握る相棒は、いかにも身軽な動きで敵の至近距離へと間を詰めていく。最前線の攻略が得意だ。
他の音にうまく紛れて気配を隠し、敵の砦の上階に潜むスナイパーを背後から襲って砦を陥落させるという、鮮やかな伝説を持つ人気プレイヤーで、スピード感のある相棒視点のカメラ映像へのアクセス数は、ランキングでは常にトップを誇っているらしい。

相棒の背後を守るべく、左右を覗きつつ俺も前進する。
左側の物陰に頭の先を見つけた。敵の帽子の色か。潜伏が甘い。あちらの新人だろうなと撃ち、即移動。
こちらの場所を悟られないように前線へ進むと、潜伏し銃を構え続けている味方を数名発見したため、このルートの守りはそいつらに任せ、相棒と連携して最前線で敵の砦の陥落を狙うことにした。

だいぶ前方の物陰に敵と撃ち合う相棒の背中を発見する。そこまで進んでいたのか。
ここまで前に出ると敵が後ろから来る場合もある上に、隠れ場所の無い開けた所を走り抜けることが多くなる。前後左右、敵の砦の上からも狙いやすい位置だ。
この先からが本当に連携を必要とするところだ。

俺の位置はまだ気づかれていない。相棒の隙を伺う敵を撃つ。ヒットした。
相棒がこちらに気づき、親指を立てる。
安心するなよ。一度合流して作戦な。

5mほど、隠れる場所の無い所を駆け抜けなければいけない。
周囲を念入りに警戒する。
こちらを狙っている者は見当たらないが…もしあの上に誰か潜んでいたら撃たれるな。
運次第。

考える前に走れ。

踏み出すと同時に視界が白くなった。
え…
スモーク?いや、俺の目がおかしいのか?
待て、何も見えない。
でもこのまま方向を変えずに駆け抜ければ…

右上からいつもと違う発射音が3発聞こえた気がする。
後頭部に掠ってキャップが飛ばされ、右肩命中・右脇腹命中か。
痛い。
衝撃に負け、情けないことに土に崩れ落ちてしまう。
…痛い…?
その痛みにいつもと違う違和感があり、撃たれた右肩に左手で触れる。
ぬるりと熱い液体の感触。ペイント弾のインクではない。あれは着色後、不正防止のために即乾燥する。
…これは…
液体の付いた手のひらを見ようとするが、視界は白いままだ。

「おい!!」
駆け寄る足音。相棒の切羽詰まった声。
ゴーグルを乱暴に取り払われる。白かった視界が戻った。
手の平を見ると…血液の赤だ。
自覚することにより、本物の痛みに襲われた。

「中止だ!!運営!!聞こえているか!!こんなことがあるのか!!」
相棒が上空に向かって叫んでいる。
数億もの観客はドローンの映像と、相棒の視点カメラにより事態に気づき

息を飲む静寂の後

今までにないほどの大きな歓声を上げた。

俺はその叫びを聞きながら、自分は時代の空気を変えるための生贄にされたのだと気づいた。





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アプリ"nana"へ発展。
サイバーパンクproject #フィードバック

この短編から、やたらと格好良い音を作ってくださいました。
sacrifice   anzendokuさん 
https://nana-music.com/sounds/05583c5f

その音を聴いて、短い"sacrifice"を書きました。
同じゲームですがこちらのラストは相棒目線ですよ。
sacrifice ver.nana      asano tobari
https://nana-music.com/sounds/05585235

「声劇」と呼ばれるジャンルの台本として置いています。
短いラジオドラマです。
アプリ"nana"では自分の声で語って録音したものを手軽に聴いてもらうことができますので、よかったら語りにいらしてください。


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