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c4 "Father of agriculture"

静けさの中に、水音が絶えず。

この植物工場の主の名は「ゲン・アキツシマ」。
彼は専業農家で育ち、子どもの頃から畑仕事のノウハウを十分に身につけていた。しかし青年へと成長する頃には、露地での農業に馬鹿々々しさを感じ、我慢ならなくなった。
毎日天候に一喜一憂し、コツコツと育て上げた商品も、たった一度大きな嵐に襲われるだけで滅茶苦茶にされる。
今どきなぜこんなに非効率な仕事をしなくてはいけないのか。それより自分は、小さくても最先端の技術を駆使した水耕栽培の工場を作る。
密閉された建物、人工の太陽の光と水の循環システムなどに製品の安全を保障させれば良いのだろう。
彼は頭の固い両親と話し合うこともなく、突然家を出て資金を溜め、借り入れをし、この水耕栽培の施設を建設した。今や築50年、半世紀ほど彼と共に時代を生き続けている工場だ。
工場経営はうまくいき、それから10年も経つと第2・第3の工場を計画する事になった。

ちょうどその矢先、農業に関する地球規模の問題が発生した。

とある国の大規模プランテーションの土中から発見された新種の微生物が元凶だ。
そいつはとても旺盛な生命力を持ち、他の微生物を食らい尽くし増殖する。もちろん農作物にとって必要な微生物も駆逐され、土壌中の微生物群のバランスを完全に崩壊させた。
微生物は、その季節のうちに自らの領土を広げ、広大なプランテーションを丸ごと制圧し、人の靴の裏や車両のタイヤを経由して近隣の畑にも広まっていった。蹂躙された土は触れるとネバ付き、手に取ると糸を引く不気味な性質を持っていた。
栽培中であった作物は瞬く間に病害にかかり、人間の食用としての販売を禁じられた。

土壌改良材はよほどの量を投入しないと効果が出ず、土の表面を削り取り、入れ替えをするとしても、はてしなく広大な範囲で行わねば再び侵略され、何の意味もない。
この大損害のために首をくくる寸前の、とある農園主は悪魔と取引をした。大手加工食品会社の指示を受けたブローカーの誘いに乗り、人体への影響が判明していない未知の病害に侵された大量の野菜を安く売り渡したのだ。
同じ状況の農園主は多数おり、彼らも同様の手段に縋らずにはいられなかった。
変色した作物は加工され、ベビーフードとなり、流動食となり、飲料となり、粉末となって、世界中で多くの、特に弱き者の口に入ることとなった。
多数の大農園の大規模な損失は報道され、調査され、ブローカーと農園主の取引は数年後に明るみに出た。かつて豊かであった農園主たちと食品会社は社会的制裁に合い、潰された。
不思議な新種の微生物の研究は後手に回り、世界中の農地が侵略されていくスピードに追い付くことはできなかった。農場は軒並み、厳重なる立ち入り禁止区域となっていった。
そうなると、食品の供給は追い付かず、食糧危機を経て人類は土耕栽培をあきらめ、食卓には水耕栽培の工場由来の素材と、化学合成された野菜の代替品が並ぶ風景が主流となった。
その頃になりようやく予防法が判明したが、時遅し。

ゲン・アキツシマの水耕栽培工場は急激な需要増加に対応するため、第2工場・第3工場の建設と稼働を、計画途中の見切り発車の状態でスタートさせずにはいられなかった。
彼の両親は、多忙のさなかにあった彼の知らぬ間に亡くなっており、事故死と伝え聞いた死因も、偶然によるものなのか、故意なのかはわからない。
その頃の彼は富豪と呼ばれるほどの収入を得ていたが、財産は蓄えず、とある物と次々に交換していった。

食料供給の状況の変化は、同じ頃に問題視されはじめた超長距離無線通信GIによる地球環境への干渉の問題と併せて考えられ、多くの人類が地球を離れることを決めるきっかけとなった。
宇宙開発技術への投資や協力を惜しまぬ者が増え、宇宙ステーションや月の居住区の安定した運用も叶い、地球外への移住が進んだ。
現在地球で生活している人間は、昔ながらの生活を捨てるべきではないと考える者、地球外の環境が体に合わず帰郷し“宇宙に選ばれなかった”と呼ばれる者、その場所を離れることができない貧困層の者、ほぼこの3つの理由でこの星に留まっている。

ゲン・アキツシマも地球外への移住を選ばなかった。
この第一工場でずっとプラントに囲まれて寝起きし、生活し、働き続けている。第2・第3の工場は、地球上から人間が減るにつれて必要とされなくなり、施設は閉鎖した。

人工の光と静かな水の音。密生する植物が吐く酸素。
彼は年老いた。

穏やかな生活を送るには最適な環境だが、彼は、むかし自分自身に命じた使命をまだまだ果たせていない事に苛立っていた。
厳重なる立ち入り禁止区域となったまま、地球の各地に点在する広大な農園。彼は汚染された土地を、富豪であった時代に匿名で買いあさり、自分の財産として所有し続けていた。
土中の有害な微生物は、他種を食い尽くすと共食いを始める性質も持ち合わせているようで、年月が経過すれば以前のような農地が戻ってくるなどということはないと予測されている。忌み嫌われ、投げ出され、草も生えない粘り気のある土地の観察と研究を続けているのは彼ひとりだけだ。
農業を侵略した微生物の独裁を許したままで、老いて朽ちていくわけにはいかない。反撃の手段すら見つからずにあの世へ行くとしたら、彼は自ら地獄への道を選択するだろう。

オートメーション化やAI管理型スマートホーム、通信技術の恩恵を受け、仕事の面も老人の独居生活も特に不便なことはない。
誰にも会わずに生活しているため、身だしなみに無頓着な姿の彼は、ただのみすぼらしい老人にしか見えないことだろう。
しかし「小汚い老人だ」と侮るものは自らの浅薄を恥じ入ることになる。
背に大きな蜜蜂の入れ墨を背負い、人口眼の移植をかたくなに拒む頑固な隻眼の男。
それが、擦り切れた衣の中に秘める「ゲン・アキツシマ」だ。

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「ユーラシア大陸の上空を種まきロケットが飛んでいる音」(超意訳)
Father of agriculture      anzendoku様
https://nana-music.com/sounds/05715e5b

そうですか。私は中央アジアのあたりが好きです(斜め上)
Father of agriculture秋津洲玄さんの詩
Father of agriculture ver.nana      asano tobari
https://nana-music.com/sounds/0574a134

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