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c3 "Net surfer"

あの時僕は何歳だったんだろう。
少し年上のカモミイユと一緒にあの白い部屋で眠って、起きて、遊んで、くっついて、じっとして、泣いて、笑って。
他に誰もいなかったけれど、僕の中はカモミイユでいっぱいで、誰ひとりこの部屋に来ない事を、不思議に思ったことが無かった。

白い部屋に閉じ込められるより前の記憶があまり無い。
覚えているのは……いつも暗い家。
何日も何日も誰も帰ってこない。とても小さくて何も知らなかった僕は、どうやって生きていたんだろう。

ある日急に大勢の大人が来て、僕に話しかけた。なんて言っていたのか忘れたけど、怖かったなぁ…。
知らない大人は獲物を見つけたような目つきで僕の肩をつかんで立たせようとした。
その差し出された手に握り潰されるような気がして、恐怖が体に満ちた。ひと息の声も出ない速さで。
大人の大きい手に優しさが込められている可能性なんて、そんな思い出もないから欠片も思いつかなかったんだ。

怖い。その限界を超えたら、頭の芯が急に冷たくなった。

僕を掴んだ大人の、襟元に付いていた通信用デバイスが光った。そして、繋がっている通信の向こうから大きな悲鳴。
「どうした!」「わからない!急に…手の平から血が…。」
僕は解放され、尻もちをついて転がった。

別の大人が「こわくないよ。こわくないからね。一緒においで。」と、静かな声で言った。
ちゃんと覚えているのはここまで。

僕はカモミイユに「イオノ」と呼ばれた。
おかげで初めて自分の名前を知った。
もともと僕に名前はあったのだろうか?
この名前は、彼女が付けてくれたのだろうか?

カモミイユは僕の気持ちに寄り添っていた。
僕が笑ったらもっと笑って、僕が泣いたらもっと泣いた。
でも、僕が意地悪な気持ちになったらカモミイユはもっと意地悪な気持ちになるんだ。そうなるといつもけんかになって2人ともさみしくなる。だから僕は悪い気持ちになることをやめた。

白い部屋から逃げ出した後に知った。人並み外れた共感能力、超感覚的知覚、それがカモミイユの持ってしまった特殊な能力だということ。
僕だけを相手にしていたあの何年かの間に、能力の開放や調整のしかたを身に付けたみたいだけれど、その方法をもっと身に付けた今でも思いもよらず残酷なものを受信してしまう事があるようで、時折、暗い海底に沈んで漂うような顔をしている。かわいそうだ。
見かねた僕が
「また一緒にあの部屋にいようか。ひきこもろうぜ。」
なんてニヤニヤしながら茶化すと、彼女はすぐに僕の方を受信して、晴れた空のように笑う。

僕は行ってくるよ。小さな二人が、今この時のこの場所にたどり着くために。
カモミイユ。手を繋いでおいて。君も小さい2人を見たいよね。

この世界のログを辿ってあの時のあの場所へ。

イオノは目を閉じ、そこかしこにびっしりと張り巡らされた無線通信網を捉え、意識を乗せた。


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アプリ"nana"へ発展。
サイバーパンクproject #フィードバック

短編シリーズを繋げて、長編に書き直すときに書こうとしてたこの主人公の別のシーンそのものの音を作ってくださったので
Net surfer             anzendokuさん
https://nana-music.com/sounds/0568f7d4

そのシーンをざっくりと書きました。
nana声劇台本は90秒以内に音読できる長さの文章が掟。
Net surfer ver.nana    asano tobari
https://nana-music.com/sounds/056bd9e9

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