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【短編小説】カバンの中見せて!

ガタン、ガタン。痛っ。
通勤の満員電車にあの大きなカバンは勘弁して欲しい。
なぜ、あんなに大きなカバンが必要なのかな。俺が高校生の時は、
あそこまでデカいカバンなかったんだけど。なにが入ってるんだろう。
こんなことを毎日のように思っていたので、それを逆手に取り
「カバンの中、見せて」
という企画にして、マユミ先輩に提出した。道行く人に声をかけて
カバンの中を見せてもらうという企画だ。驚くようなもの、珍しいもの
があるかもしれない。面白い話が聞けるかもしれない。
「まあ、いいんじゃないの。とにかく視聴率の稼げる映像を撮ってきてよ。
はい、はい、ブラブラしてないでカメラ持って、行った、行った。」
と、マユミ先輩は、手をたたいて俺たちを現場に追い出した。
わかりましたよ。マユミ先輩。だまってりゃ、キレイな人なんだけど、怒ると
怖いんだ。いつも怒ってるけどね。
あ、オレ、朝日アキラ。ひのもとテレビでADをやってます。入社3年目。
華やかなテレビ業界にあこがれて入社したものの、毎日毎日、荷物や弁当を
運びガムテープ持って走ってばかり。やっと自分の席に座ったと思ったら、
腕組みしたマユミ先輩から「なんか企画考えたの」としぼられる。これが、
5年後、10年後に笑い話になればいいんだけど。
照明のエリちゃんと音声のヒガシは同期。いつも三人一緒に、取材に
行ってる。今回は、この「カバンの中、見せて」という企画で、いい映像
を撮って、あのマユミ先輩に「良かったわよ」って言わせてやるぞと
三人で牛丼を食べながら話し合った。
でも、エリちゃんは心配して「企画は面白いと思うけど、嫌がる人、多いかもよ」という。
確かにね。突然言われたら、自分でも嫌かもしれない。
まずは、とにかく一人カバンの中を見せてもらおう。
案外、女子高生とか気軽に見せてくれるかもしれないと思い、会社近くの
高校生に聞いてみた。
ポニーテールの似合うユキちゃん。17才。大きなバックに付けた
かわいいピンクのキャラクターが揺れている。
「えー。どうしよう。うーん。じゃあ、いいですよ」
よしっ、いけそうだ。
で、カバンを開けると、ん。ん。柔道着かな。
「これ空手の道着です。わたしぃ空手部で。へへ。こんどぉ
試合なんですぅ。だから、ずうっと忙しくて。ふふ。」
ずっと笑っている。
「家で、お父さんと昔の映画観てて、ジャッキーが大好きになったんです。
だから、ジャッキーみたいになりたくて。これもありますよ。」
と、ヌンチャクと小型のダンベルを見せてくれた。本格的だね。
「それじゃ」
といってユキちゃんは学校へ駆けていく。
「この企画、結構面白いかも。」と三人でニンマリ。

二人目は、同じ高校の男子に聞いてみた。
登校する男子に声をかけるが、なかなか聞いてくれない。
「あの子どうかな」
ヒガシが、駅から出た角のほうに一人の男子が立っている。
メガネをかけて背が高い。秀才風の男の子。
とにかく、ダメもとで声をかけた。
「あ、はい。いいですよ」
とあっさりOK。山田翔くん。18才。
カバンから大きなピンのような物が見える。
ん。ボウリングのピンかな。でも、少し細い。
「新体操やってるんです。これ、クラブっていいます」
まず、男子の新体操でビックリ。
「クラブって思ったより、細いでしょ。難しいんですよ。」
ピロピロっとするあれも持ってるのと聞くと
「あー男子はリボンじゃなくて、ロープを使います」
という。へぇ。新体操でも男女で道具が違うらしい。
「男子で新体操をやってる人がまだまだ少ないから、もっと皆さんに
知って欲しいですね」
がんばってね、と言って別れた。
いいぞ、いいぞとエリちゃんと二人でガッツポーズした。

今度はサラリーマンに聞いてみる。
さすがに皆さん忙しそう。声を聞けても
「会社のコンプライアンス的に」とか
「個人情報の問題が」とか やんわり断られる。
うーん。最近は、あれやこれやと難しい。
やっと夕方、少し暗くなってから一人、話に応じてくれた。
山本健さん。37才。保険会社の営業さん。
「はい。趣味のものが入っているだけですが」
と、大事そうにカバンの中身を取り出した。
小奇麗な小さな木箱。ん。なになにって顔をすると
「茶道をやっているんですが、そのお茶碗なんですよ」
なるほど。会社に茶碗を。でもいい感じの素敵な茶碗。
「毎日、忙しいので、逆にお茶をすると落ち着いて、仕事のこと、
家庭のこと、じっくり考えることができるんです。案外いいですよ。」
私もやりたくなってきた。いつかやってみたい。
「ありがとうございました」
と軽くおじぎをして、駅へ向かう。今日は、お稽古とのこと。急いで
行かれた。

今度は、オフィス街のOLさんに。
ここは、エリちゃんに声をかけてもらうことにした。
エリちゃんと同年代のOLらしき女性が話を聞いてくれた。
ひとみさん。24才。
「えっと、これなんですよ。ハハハ。」
筒状に丸めた書類が出てきた。表彰状みたいだ。
「これねぇ。趣味で書いてるガンダムの図面なんですよ。」
と嬉しそうに話す。
「私の仕事は普通の事務なんですよ。」
と少し寂しそうな顔になる。
「本当は図面を引いたり、現場で完成した建物を見るのが好きなんですけど、女性はそういう部署に入れてもらえなくて。だから、趣味でガンダムの図面を書いているんです。エヴァも同じように図面書いているんですけど。ハハハ。」
なるほどね。男目線だと、「女性は事務」っていう思い込みがまだまだありますよね。そのイメージ自体が少し古いですよね。
「ありがとうございました」
と言い、ひとみさんは、そそくさとビルの中へと消えていく。

さて、そろそろまとめに入りたいところだ。
あと一人、だれか。最後、最後。
なぜか 最後の一人が決まらない。できればバシッと決まる
最後の一人にしたい。
会社1階のカフェでエリちゃん、ヒガシと
「うーん」
と三人、向かいあって押し黙ってしまった。
「どーする?」
エリちゃんも困り果てている。
そこにマユミ先輩が通りかかった。
「どうしたの。三人そろって浮かない顔して」
最後の一人が、なかなか見つからないんですよ 
と少し期待を込めてマユミ先輩に相談した。
「じゃあ、自分たちのカバンの中でも紹介してみたら。これぐらいなら
ヤラセにはならいよっ。」
と丸めた台本でオレの頭をポンッとたたきながらアドバイスしてくれた。
なるほど、その手がありました、と思ったら、エリちゃんもヒガシも
じーっとオレを見てるし。
はい、はい。見せますよ。見せますよ。カバンの中。
カバンをロッカーから持ってきて、財布と手帳とガムと。
「これは?」
とエリちゃんが、ちょっと大きめなクリアケースをツンツンと指さした。
あー、それね。
B4サイズのプラスチックのケースに入った書類。
でも、軽いし、いつも入ってるから、特別な感じはしていなかった。
「ん。原稿用紙が入ってるの?」
とエリちゃんが不思議そうな顔をする。
すっかり意識の中で忘れかけていた原稿用紙。
そうだ、そうだ。思いだした。
ん。まあ、原稿用紙なんだけどね。


「これ、実は夏目漱石の直筆原稿なんだ。」


オレのおじいちゃんが夏目漱石の親類の人から昔いただいたもので、   亡くなる前に
「御守り代わりに持っておけ。いつかお前を守ってくれるはずだから」
といって、オレにくれたんだ。
だからこの原稿用紙をいつもカバンに入れてた。このケースを見ると、がんばって原稿を書こうとか、企画考えなきゃって思うんだよね。」
あれ、あれ。二人とも、怖い顏してるけど。ん。
「アキラ、早く言えよ!」
と二人同時に、怒鳴られた。
エリちゃんはケータイでマユミ先輩に報告するし、アキラも急に立ち上がって機材をガサガサし始めて撮影準備に入った。会社が突然ざわついてきた。

三日後、俺は夕方のテレビニュースによばれた。スタッフではなく、
「夏目漱石の未発表原稿、発見」というニュースの第一発見者として
紹介された。
                            おわり。

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