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【短編小説】白い鳩が飛んだ

「マジカル・パワー」 
 舞台の上でお父さんが叫ぶとシルクハットの中から白い鳩が飛び立っていった。僕のお父さんの仕事は手品師だった。トランプを自由に操ったり、指をならして花を出したりすることができた。だから僕の家の中は手品の道具でいっぱい。スペードのエースばかりがなぜか何十枚も机の上に置いてあったり、床に転がっていたステッキを僕が踏んでしまったときには突然、花に変わったこともあった。
 僕が小学校から帰るとお父さんはいつも手品の練習をしていた。上着の袖口からトランプを出したり、内ポケットから、ビニールの鳩を出していた。お父さんの手品を正面から見ていると突然、花が出てきたり、破れたトランプが新品のようになって出てくるように見えた。でも、お父さんの真横や後ろからじっとみていると、別の新しいトランプを出しているところがわかり、ピアノ線を引っ張ると世界の国旗が出てくることも見えていた。
でも、僕はそんなお父さんが大好きだった。
お客さん役を僕がしているとお父さんは嬉しそうに三十分以上も手品をしてくれた。
「今日は疲れたから少し休憩しよう」
 そう言ってお父さんはいつもイスに座って汗を拭きお茶を飲んだ。でも本当はネタがもうなかったのだ。お父さんの手品を毎日見ているから、僕にはそれがよくわかっていた。
 ある日、学校で友達から言われたことがある。
「シンジのお父さんは手品師みたいだけど、絶対にトリックがあるんだろ?」
「どうかな。詳しいことは知らないんだ」
 すると、他のクラスメイトたちも「インチキだよね」「人をだましてお金儲けをしている」と、あれこれ言われてしまった。クラスメイトの言葉があまりにも酷くて先生が止めに入ってくれたこともあった。
 僕はその日、悔しくて涙を流しながら家に帰った。実は僕もお父さんの手品のことはずっと疑問に思っていた。手品にトリックがあるというのはテレビでもよく言われていたし図書室の本にもそう書かれていた。でも、大好きなお父さんが毎日舞台で手品を披露してくれていた。僕たち家族のために。
「お父さんの手品はインチキなんだろうか。トリックはあるのか」
これが僕にとって最大の疑問だった。
 でも、どうしてもお父さんには言い出せなかった。聞いてはいけないことのように思っていたのだ。でも、あまりにもクラスメイトに言われたのでお父さんに思い切って質問してみた。
「お父さんの手品にはトリックはあるの?」
 するとお父さんはトランプをさばく手をピタリと止め、それから僕の目をじっと見つめた。こんなにお父さんと見つめあったことは今まで一度もなかった。しばらくするとお父さんはニッコリと笑いながら僕の頭を撫でてくれた。
「シンジ。本当のことを言うと、これは手品じゃないんだ」
 僕はびっくりして大きく目を見開いた。
「これは魔法なんだ。だからトリックなんてものはないんだ。いつかシンジに話そうと思っていたんだが、実はお父さんは魔法使いなんだよ」
 僕はあまりの驚きで声が出なかった。
「これは、シンジと私だけの秘密だからな。誰にも絶対に話しちゃだめだぞ」
 僕はじっとお父さんを見つめていた。
「シンジもいつか魔法を使えるときが来るからね。その時のためにトランプとかを練習しておくんだよ」
 そう言うとお父さんは僕に向かってウインクをした。
 僕にとって信じられない話ばかり。お父さんは魔法使いで僕は魔法使いの子供だった。
 だから、お母さんの名前が「めぐ」で毎日エサをあげている鳩の名前が「サマンサ、サリー、どれみ」という魔女みたいな名前ばかりだったんだ。僕はこれまで疑問に思っていたことがすっきりして納得することができた。
僕は嬉しくなってあちこちで魔法をかけてみることにした。目の前の信号が赤だと「青に変われ」と手を振るとしばらくして変わった。「授業が終われ」と小さく指を振ると少し時間が経つとチャイムが鳴った。でも、嫌な体育の授業が無くなれと人差し指を振っても、雨は振らなかった。僕の魔法の力はまだ弱かったのだ。
 お父さんにそのことを相談してみた。
「簡単には魔法は使えるようにはならないよ。だったら魔法使いの学校に行ってみるかい?」
 僕は大きく頷いた。そして小学校を卒業すると、海外にある全寮制の魔法使いの学校に行くことになった。
 
 僕は自叙伝「白い鳩が飛んだ」の原稿をここまで書き上げると、舞台の準備に移った。今日から、ラスベガスの舞台「ミスター・シンジ・マジックショー」が始まるのだ。スタッフが私を呼びにやってきた。シルクハットとステッキを持ち僕は舞台へと歩き始めた。
                               (了)

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