見出し画像

『高い窓』 作者:レイモンド・チャンドラー

本書は、レイモンド・チャンドラーの三作目の長編である。『さらば愛しき女よ』に続く流れで、これも何十年か振りに再読したが、非常に楽しく読めた。

同じく、私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とし、彼は或る依頼事に関わるうちに、例によって立て続けに殺人事件に出くわしていく。
と、書くと、伝統芸の様な決まりきったパターン物の印象を与えるかもしれないが、本書については読み始めて暫くすると、他の作品とはやや異なる雰囲気を感じた。
一作目『大いなる眠り』、二作目『さらば愛しき女よ』に比べて、暴力性は随分と鳴りを潜め、マーロウが殴られる事も無い。それよりも、シャープな会話劇が多く繰り広げられ、そしてその為に、洒落た比喩表現と各登場人物の心理が汲み取れる様な描写が細かく書かれており、ドライさが抑えられているところが新鮮だ。
また、この作品に於いては、冷静な態度を保ちつつも、マーロウが若干いつもに比べて感情的、感傷的になっている様だし、物語の締めについても甚だ個人的な範囲というか、社会的な正義などとはまったく関係なく終わらせており、真実などどうでも良いこととしているのはなかなかユニークだ。

ユニークと言えば、伏線らしいものを幾つか散りばめながら、結局なんでもなかったり、余計な登場人物がいたりもするが、これもチャンドラーの試験的な試みなのか、それとも自らの作風に飽きて変化を加えてみたかったのか、そこのところは分からない。
元々、登場人物の動作などについて細かく筆を費やすチャンドラーのことだから、より映画的な作品にすることを意識した結果なのかもしれない。

なお、今回取り上げた1988年版は、チャンドラーとの名コンビを見せてくれていた清水俊二氏が、改めて過去の作品にまで遡って翻訳を行なった最後の一作である。死の間際まで取り掛かり、あと一息のところで未完となってしまい、戸田奈津子氏が引き続いで完成した。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?