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島根県の進学校Map

島根県の中学生で学力上位10%の子どもたち(10%er)は、どこの高校を選ぶのだろうか?この記事では、10%erが順当に選ぶと考えられる高校を「進学校」と定義し、島根県の進学校を紹介する。

※この記事は、2020年3月末時点の情勢に基づいて執筆している。『進学校Map』における進学校の選定基準は、以下の記事を参照のこと。

概要とMap

人口:約69万人 (※2017年10月1日現在。総務省人口推計)

中学校卒業者数:6545人 (※2017年3月。文部科学省学校基本調査)

国公立高校入学定員:5670人 (※2017年4月。文部科学省学校基本調査)

中学校卒業者数に対する国公立高校入学定員比率:86.6%

進学校:5校(公立5+国立0+私立0)

島根3

※地図は『MANDARA』で作成。進学校を中心とした同心円は、すべて半径20kmで描いている。

※赤字は公立進学校、青字は国立・私立進学校。下線を引いた学校は、中高一貫教育を行っていることを示す。

地元密着のジレンマ

島根県の高校入試方針を一言で表現すると、「地元の高校へ行こう」となる。都道府県別人口46位ながら、東京都の約3倍の面積を持つ島根県は、通える範囲内にある高校の数自体が少なく、言われなくても地元の高校に行く生徒が大半なのだが、制度的にも地元の高校への進学を後押ししている。その最たるものが、公立高校に存在する『地域』制限である。2017年春の入試では、以下の7校(※公立高校全日制普通科)に『地域』が設定された。

島根県高校地域制限

たとえば、松江北高校普通科(定員240人)を地域外の生徒が受検する場合、入試の成績が上位240位以内に入るだけでなく、地域外受検者の中でも上位24位以内に入らなければならない。地域外受検者数が地域外からの合格者数制限(地域外枠)を超えれば、たとえ全体で定員割れしていたとしても、地域外受検者から不合格者が発生する。地域外受検者は、地域内受検者より合格ラインが高くなるのだ。もっとも、地域外受検者数が地域外枠を超えなければ、地域外受検者の合格ラインは地域内受検者と同じになる。ただ、地域外受検者数が地域外枠を超えても合格する見込みのある生徒でないと、中学校の先生に受検を強く反対されるので、どちらにせよ、地域外受検者は地域内受検者よりも学力が高い傾向にある。

『地域』制限が高校選択にどのような影響を及ぼすのか、西から順番に見ていこう。

島根(益田通学圏)

益田市を『地域』とする益田高校からは、理数科(定員40人)のみを進学校Mapにおける進学校として選定した。益田通学圏は、益田市(2017年3月市内中学校卒業者数461人)と津和野町(同59人)からなる。吉賀町(同48人)からは、通学用途になり得る益田市への公共交通機関が無いので、保護者に日原駅(津和野町)まで車で送ってもらったり、下宿したりしないと、益田市内の高校には通えないだろう。

益田高校理数科は、文系大学進学も想定された、事実上の“益田高校最上位特進クラス”である。この理数科には『地域』制限が無いので、益田市からも津和野町からも合格ラインは同じだが、益田高校普通科は、定員の90%(144人)以上を益田市から合格させることになる。仮に、益田高校理数科のうち35人(定員の88.7%=460/(461+59))が益田市から受かるとした場合、益田高校普通科には益田市内で学力36位~179位の生徒が受かる。つまり上位39%に入ればよくて、普通科を含めて進学校とよぶには生徒の学力の幅が広すぎると考えられる。

一方、益田高校普通科の地域外枠は16人で、この多くを津和野町在住者が争うことになるはずだが、この地域外枠は余ることが多い。津和野町の10%erにとって、益田高校の理数科ならまだしも、普通科はそこまで積極的に選ぶ存在ではないのだろう。どのみち地域外なら、もっと遠くの学校(たとえば松江市内の高校や高専)や私立高校に行こうと考える生徒がそれなりにいると思われる。

島根(浜田通学圏)

浜田市を『地域』とする浜田高校からは、理数科(定員40人)と、普通科地域外枠(定員20人)を進学校として選定した。「地域外枠が進学校」というのは変な日本語で、進学校Mapとしてもイレギュラーだが、やむを得ない事情があった。

浜田通学圏は、浜田市(2017年3月市内中学校卒業者数479人)と江津市(同195人)からなる。邑南町(同81人)は、吉賀町と同じ理由で浜田通学圏には入らない。なお、地図では江津から島根県内陸部を走るJR三江線が描かれているが、2018年に廃線になった。

益田高校と同様に計算すると、浜田市からは理数科に28人、普通科に180人合格でき、江津市からは理数科に12人、普通科に20人合格できる。浜田市内の浜田高校普通科合格ラインは学力上位43%(=(28+180)/479)と門戸が広いのに対し、江津市の浜田高校普通科合格ラインは学力上位16%(=(12+20)/195)と門戸が狭い。加えて、浜田高校普通科の学区外枠は例年ギリギリまで埋まる。これらのことから、浜田高校普通科をすべて進学校とみなすのは無理があるが、江津市からの浜田高校普通科入学者には10%erがかなりの割合で含まれると考え、この集団を特別に進学校進学者として扱うことにした。

ここで、識者からは「浜田高校普通科ハイクラスを進学校に入れればいいのでは?」という疑問が浮かぶだろう。ハイクラスとは早進度クラスとも言い、島根県公立高校普通科では普遍的にみられる特進クラスのことだ。入学者の学力幅が広いため、入学時(学校によっては2年生)からハイクラスとそうでないクラスにクラス分けをするのだが、公式の入試要項には、ハイクラスの定員は明記されていない。進学校Mapでは、情報の信頼性を担保するため、公式の入試要項に記載された定員の枠組みで物事を判断している。今回に限らず、非公式な定員に基づく特進クラスは考慮の対象外としているので、ご容赦いただきたい。

島根(大田通学圏)

大田市と出雲市多伎町を『地域』とする大田高校からは、理数科(定員40人)のみを進学校として選定した。大田通学圏は、大田市(2017年3月市内中学校卒業者数306人)・川本町(同22人)・美郷町(同32人)からなる。川本町・美郷町からは、大田市への路線バスが通学時間帯に出ているが、飯南町(同47人)からは出ていないので、飯南町は通学圏外とした。

大田通学圏は、益田通学圏や浜田通学圏よりも規模が小さく、理数科だけでも大田通学圏全体の10%erが賄えてしまう。

なお、2020年春の入試から、益田高校・浜田高校・大田高校の『地域』制限が撤廃された。これによって、通学圏内ながら『地域』外だった自治体から、これら3校への志望者が増え、3校の全体的な学力レベルが上がることが見込まれる。一方、元から『地域』が設定されていなかった高校からは、生徒が一層流出することが予想される。これに対し島根県が出した解決策は、「しまね留学」の推進だ。

リンク先にもあるように、島根県の県立高校は、県外からの入学者を積極的に受け入れている。学校によっては、全生徒の約3割が県外出身者で占められているほどだ。しまね留学を実施している高校のほとんどは元から『地域』が設定されていなかった高校である(大田高校も実施しているが、留学生は少ない)。田舎にあるために県内民には人気が出づらい学校が、田舎にあるからこそ県外民にとって魅力的な学校へと生まれ変わるのだ。より大局的に見れば、市街地の高校は県内の学力上位者を集めることで魅力を高め、山村部の高校は県外出身者で生徒を確保することで山村部の教育機関を存続させるという一石二鳥を追い求めているということだろう。

出雲と松江の明暗

島根(出雲通学圏)

出雲高校からは、理数科(定員40人)と普通科(定員280人)の両方を進学校として選定した。出雲高校の『地域』は出雲市(2017年3月市内中学校卒業者数1737人)のみだが、出雲通学圏には雲南市(同402人)も入る。益田・浜田・大田通学圏と比べて規模が文字通り桁違いに大きいので、出雲高校普通科に受かるのは出雲市内からでも結構シビアだ。

島根(松江通学圏)

島根県の県庁所在地である松江市からは、松江北高校を理数科(定員40人)・普通科(定員280人)ともに進学校として選定した。松江北高校の『地域』は松江市(2017年3月市内中学校卒業者数1963人)のみだが、松江北通学圏には安来市(同378人)や雲南市の一部も入る。地図にはないが、隠岐諸島出身の下宿通学者もいるだろう。松江北通学圏は、規模的には出雲通学圏に劣らないはずなのだが、松江北高校普通科の『地域』からの入学難易度は、出雲高校の『地域』からの合格難易度より低い。さらに言うと、大学合格実績でも出雲高校に差を付けられている。なぜだろうか?その理由の多くは、松江市内の『通学区』制限で説明できる。

松江市の公立高校における『通学区』とは、松江北・松江南・松江東の3つの公立高校普通科(いわゆる松江3校)に設けられている制度である。おおざっぱだが、下の図の青囲みが松江北の『通学区』、オレンジ色囲みが松江南の『通学区』、緑囲みが松江東の『通学区』に設定されている。そして、『地域』内かつ『通学区』外からの合格者は、定員の20%以内に制限されているのだ。

島根(松江3校小学区)

たとえば、松江北高校普通科の定員が240人ならば、

・松江市外(『地域』外)からの合格者数:24人以内

・松江市内で、松江南・松江東『通学区』(松江北にとっては『通学区』外)からの合格者数:48人以内

・松江市内で、松江北『通学区』からの合格者数:168人以上

と分類できる。

この『通学区』があるおかげで、松江北高校には、松江市内の中でも青囲み内からの入学者が多勢を占める。松江南高校ならオレンジ囲み、松江東高校なら緑囲み内からの入学者が多勢を占める。このように、松江市では勢力が3分割されることで、出雲市における出雲高校ほど入試でのハードルは高くならないし、学力優秀者も分散して大学合格実績は小振りにならざるを得ないのだ。

筆者は、個人的には、各々の地元の高校に行きやすくなるような制度が一概に悪いとは思わないし、特定の高校の大学合格実績が高くなればなるほど良いとは限らないと思う。ただ、松江市の場合は『通学区』を長きにわたり残し続けたため、様々なひずみを生んでしまったのではないかと考えている。

松江3校のうち、もっとも歴史が古いのは旧制中学を前身とする松江北高校である。高校進学率の増加に伴い、1961年に松江南高校、1983年に松江東高校が開校したが、成り行きに任せるとブランド力で勝る北高に人気が集まってしまうので、居住地によって南高と東高にも生徒を振り分けた。こうした施策は島根県に限った話ではなく、当時はある程度有効に機能したのだろう。

ところが、高校進学がほとんどの人にとって当然の選択肢となると、単に高校に行けばよいのではなく、自分のニーズに合った学校に行くのが重要視されるようになった。その中で、普通科は基本的に1校しか選べないという松江市の『通学区』制度は、松江市民の欲求不満を高めていった。高校側も、様々なニーズの生徒を受け入れなければならないので特色を打ち出しづらい。1990年代から続く少子化に直面し、生き残りをかけて他地域・他県の高校はどんどん特色を打ち出してきているのに、もどかしい。

少なくとも松江市民は、松江3校で学力分布を均等にならそうとした教育環境には満足しなかったようで、松江南・松江東『通学区』の10%erは、松江北の通学区外枠を受検する風潮ができあがっている。さらに意識の高い世帯では、松江北の『通学区』内に住居を構えるのがトレンドになっていて、実際、松江北の『通学区』内は地価が高くなっている。もしこれが行きつくところまで行ってしまうと、松江北高校に入れるのは学力優秀な生徒ではなく、金持ちの家に生まれた生徒、ということになってしまう。

参考:通学区制度が地価を通じて教育に与える影響

こうした現象は米国では当然のように起きているようだが、日本で同じようになることを望む人は少ないと思うし、私自身も望まない。

ともかく、松江市内の公立高校普通科は松江3校に分散することが原則となっているが、松江南・松江東『通学区』から松江北高校への入学者の存在や、松江北『通学区』内住民の教育意識の高さなどから、松江3校の中では、松江北高校が合格難易度でも大学合格実績でも一歩リードしているのが現状だ。松江南高校には理数科があるものの例年定員割れしており、松江市内の10%erは、松江北高校の普通科(ハイクラス)の方をより積極的に選んでいると推察する。

ここまで散々松江市の『通学区』について書いてきたが、2021年度入試から『通学区』を廃止する方針が島根県から発表されている。松江市内の中学生の高校受検機会が広がることを歓迎したい。

なお、島根県の私立高校の中では石見智翠館高校(江津市)の智翠館特別コースの大学合格実績が目立つが、県内の公立進学校を脅かすには至っていない。県民の中高一貫教育に対する熱意もあまり見られない。ただ、島根大学教育学部附属中学校の中学入試を経た10%erが一定数いて、附属中卒業者の松江北高校進学率は、他の中学校出身者より随分高いようだ。

島根県内高校の大学合格実績(2020年春)

島根県大学合格実績210112

※進学校は黄色で示す。各高校の公式Webサイトで発表されたものを参照した。原則として現役・浪人の総数で、現役での合格者数が分かる場合は( )内に併記した。★は実績に普通科を含んでいて、浜田高校は定員計240人、益田高校は定員計200人による実績である。未公表の学校については、公表され次第随時更新予定。

県内に私立大学がないこともあり、国公立大学志向が強い。県東部の進学校からは鳥取大学の、県西部の進学校からは山口大学の合格者数も多い。

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