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東京都の進学校Mapその1(総論&多摩)

東京都の中学生で学力上位10%の子どもたち(10%er)は、どこの高校を選ぶのだろうか?この記事では、10%erが順当に選ぶと考えられる高校を「進学校」と定義し、東京都の進学校を紹介する。

※この記事は、2020年3月末時点の情勢に基づいて執筆している。『進学校Map』における進学校の選定基準は、以下の記事を参照のこと。

概要

人口:約1372万人 (※2017年10月1日現在。総務省人口推計)

中学校卒業者数:106032人 (※2017年3月。文部科学省学校基本調査)

国公立高校入学定員:48589人 (※2017年4月。文部科学省学校基本調査)

中学校卒業者数に対する国公立高校入学定員比率:45.8%

進学校:65校(公立20+国立6+私立39)

超巨大な通学圏と中学受験市場

日本の首都である東京には多くの人が集まり、多くの学校が立地する。公共交通機関が極めて発達しているので、島しょ部を除いた都内全域で、さらには隣接県との間で大勢の生徒が行き交っている。したがって、東京都の進学校を分析する上では、東京都と隣接県(神奈川県・埼玉県・千葉県)を1つの通学圏と考えなければならない。東京都は全体として10%erが流入超過となっているため、都内在住の生徒数の割には選定する進学校の数が多くなる。

東京都は、全国で最も中学受験が盛んな自治体である。東京都教育委員会が公表している公立学校統計調査報告書によれば、2021年度に東京都内の公立小学校卒業者に占める都内の私立・国立中学校への進学率は19.8%に達した。都立中高一貫校や都外の中学校への進学も勘案すれば、都内では少なくとも約4人に1人の小学生が中学受験をしていると考えられる。とくに文京区や港区といった都心では、公立小学校のクラスの約半分が中学受験をしたという話も珍しくない。

東京都で中学受験が盛んな理由のひとつに、私立・国立中高一貫校に多数の進学校が存在することが挙げられる。1967年から1981年にかけて都立高校では学校群制度が実施されていて、都立高校の合格者は進学先を自分で選ぶことができなかった。この頃から、特定の進学校で学びたいと考えた10%erが私立・国立高校を強く志向するようになったと言われている。また、都立高校は2002年度まで学区を採用していて、特定の都立高校に10%erが集中しづらかったのに対し、私立・国立高校は膨大な通学圏人口を活かして多くの10%erを集めることができた。さらに、東京都の私立・国立高校の多くで早くから採用されていた中高一貫教育に対して、授業内容の先取りがしやすく、大学受験に有利であるという評判が広まった。こうして、中学受験を経て私立・国立中高一貫校に進学するのが、東京都の10%erの定番ルートとなっていったのである。

鼻息の荒い都立進学校施策

都立高校で学校群制度や学区が廃止された現在でも、東京都の進学校は私立・国立中高一貫校が多数を占める。一方で2010年代以降、10%erが都立学校を選ぶ比率が高まりつつあることも事実だ。その背景にある、東京都教育委員会が現在推し進めている進学校施策について簡単にまとめておこう。

東京都教育委員会は「進学対策に組織的、計画的に取り組む学校」として、都立高校の中から進学指導重点校を指定している。2020年3月末時点で指定されているのは、日比谷高校、西高校、国立高校、八王子東高校、戸山高校、青山高校、立川高校の7校だ。進学指導重点校には東京都教育委員会が定めた選定基準があり、これをクリアできないと指定から外される可能性がある。

【進学指導重点校に関する選定基準】
〔基準1〕共通テスト試験結果(現役)
[1]5教科7科目で受験する者の在籍者に占める割合が、おおむね6割以上
[2]難関国立大学等に合格可能な得点水準(おおむね8割)以上の者の受験者に占める割合が、おおむね1割以上
〔基準2〕難関国立大学等(*)現役合格者数  15人
(*)東京大学、一橋大学、東京工業大学、京都大学、国公立大学医学部医学科

東京都教育委員会報道発表資料(2022年9月22日)による

さらに、進学指導重点校に次ぐ大学合格実績を挙げている都立高校の中から進学指導特別推進校が、進学指導特別推進校に次ぐ大学合格実績を挙げている都立高校の中から進学指導推進校が、それぞれ指定されている。大学合格実績等に応じて、進学指導推進校が追加指定されたり、進学指導推進校が進学指導特別推進校に“格上げ”されたりしている。

【進学指導特別推進校】(7校)
小山台高校、駒場高校、新宿高校、町田高校、国分寺高校、国際高校、小松川高校
※小松川高校は、2018年4月に進学指導推進校から“格上げ”

【進学指導推進校】(13校)
三田高校、豊多摩高校、竹早高校、北園高校、墨田川高校、城東高校、武蔵野北高校、小金井北高校、江北高校、江戸川高校、日野台高校、調布北高校、多摩科学技術高校
※2023年4月から、進学指導推進校に上野高校と昭和高校が追加指定

2020年3月末時点での進学指導特別推進校および進学指導推進校

東京都教育委員会のWebサイトを見ると、進学指導重点校、進学指導特別推進校、進学指導推進校の大学合格実績がグラフで比較できる。教育委員会という公教育を司る組織が、これほどまでに高校間の競争意識を煽るのは異例だ。裏を返せば、東京都に税金を納めている都民が、公立学校だけで難関大学に合格できる環境を熱望している(と、少なくとも東京都教育委員会は認識している)ことが見て取れる。

もっとも教育産業に“課金”することなく、難関大学に合格しやすい環境がある都立高校に進学するのは容易ではない。進学指導重点校+αは、学校ごとに高難度で独自の入試問題(英語・数学・国語)を作成して出題しているからだ。こうした高校のことを自校作成校という。大半の公立中学校の授業だけでは都立高校入試の共通問題に対応するのが精一杯で、自校作成校志望者の多くは塾などで入試対策を行っているのが現状だ。

東京都教育委員会は都立高校だけでなく、都立中高一貫校の進学校化も積極的に推し進めている。2020年3月末時点で都立中高一貫校は10校あり、うち5校が併設型中高一貫校、残り5校が中等教育学校だ。ただし、2021年から2023年にかけて、併設型中高一貫校5校ではいずれも高校での募集が停止されている。

【都立併設型中高一貫校】(5校)
白鷗高校、両国高校、武蔵高校、富士高校、大泉高校

【都立中等教育学校】(5校)
小石川中等教育学校、桜修館中等教育学校、立川国際中等教育学校、南多摩中等教育学校、三鷹中等教育学校

東京都教育委員会としては、都立中高一貫校が大学合格実績の見栄えという点で進学指導重点校と肩を並べる存在になることを目指しているようで、都立中高一貫校に大学合格実績の数値目標を立てさせている。都立中高一貫校に対する都民の期待は高く、中学での受検倍率は3~5倍前後で推移している。都立中高一貫校入試は私立・国立中学入試とは傾向が異なり、都立中高一貫校受検対策を手がける塾が市場に定着している。また、私立・国立中学校の志望者が都立中高一貫校を併願することもよくある。

以下、個別地域の分析を進めるが、この記事では便宜上、東京都を多摩と23区の2つに分ける。その上で、人口密度が比較的低い多摩の進学校Mapを先に紹介し、記事を改めて23区の進学校Mapを紹介する。

Map(多摩)

↓中央線沿線を拡大したもの↓

※東京都23区の進学校Mapは「東京都の進学校Mapその2」の記事に掲載。
※地図は『MANDARA』で作成。
※赤字は公立進学校、青字は国立・私立進学校。♂を付けた学校は男子校、♀を付けた学校は女子校。下線を引いた学校は、中高一貫教育を行っていることを示す。

中央線に集う進学校

多摩の進学校の多くは、JR中央線沿線に集中している。中央線沿線は23区にも行き来しやすい上、多摩全域の生徒が集まりやすい地域であることを考えれば、自然な成り行きと言えるだろう。

多摩にある都立の高校単独校(中高一貫教育を行っていない高校)からは、進学指導重点校である国立高校(国立市)、立川高校(立川市)、八王子東高校(八王子市)と、進学指導特別推進校である国分寺高校(国分寺市)を進学校Mapにおける進学校に選定した。現在、この中で最も合格難易度が高いのは国立高校で、いわゆる難関大学の合格実績でも多摩の中ではひときわ目立っている。国分寺高校は進学指導特別推進校でありながら、進学指導重点校と同じく自校作成校のひとつである。町田市にある町田高校も進学指導特別推進校なのだが、鉄道路線の配置からして町田市以外からの通学が難しく、国分寺高校に比べると通学圏人口が小さいと考えられる。

都立高校を第一志望とする受験生が併願受験する私立高校の一般入試は、大きく分けて2パターンある。1つ目のパターンは併願優遇を行う入試だ。東京都で言う併願優遇とは、都立高校を第一志望とする受験生に対し、私立高校が設定している内申点の基準をクリアしていればほぼ確実に合格を約束する仕組みのことである。多摩で高校受験をする10%erが併願優遇を行う入試を受ける場合、錦城高校(小平市)や拓殖大学第一高校(武蔵村山市)などがよく選ばれている。
なお、錦城高校の併願優遇はあくまで一般入試の点数に加点するだけだが、300点満点で30点もの加点になるので、内申点の基準をクリアした上で受験するのがセオリーと言える。

しかし、少なくない10%erが2つ目のパターン、つまり併願優遇を行わない入試にも挑戦している。このパターンでは内申点の配点は小さく、当日の学力試験の結果に合否が大きく左右される。ほぼ合格の約束もなく、受験倍率も2~3倍に達するのが普通だ。こうした入試を行っている私立高校は、東京都では大学附属校に多い。都立の進学指導重点校が第一志望なら、いわゆる“MARCH”(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)附属校に合格できるかどうかがひとつの目安になるし、中にはいわゆる“早慶”(早稲田大学、慶應義塾大学)附属校を併願する受験生もいる。都立の進学校に進学したとしても、大学入試で“早慶”や“MARCH”に合格するのは容易ではないので、卒業生の大部分が内部推薦で進学できる“早慶”や“MARCH”の附属校に惹かれる10%erも一定数いるだろう。
多摩にある“早慶”または“MARCH”附属校は以下の5校で、いずれも共学である。
・早稲田実業学校高等部(国分寺市)
・明治大学付属明治高校(調布市)
・明治大学付属中野八王子高校(八王子市)
・中央大学附属高校(小金井市)
・法政大学高校(三鷹市)
この5校から高校入試および中学入試の合格難易度を考慮して、進学校Mapでは早稲田実業学校高等部明治大学付属明治高校中央大学付属高校を進学校に選定した。
“早慶”や“MARCH”は全国区の知名度があるが、首都圏では俗に“成成明学”(成蹊大学、成城大学、明治学院大学)とよばれる私立大学の人気も高い。武蔵野市にある成蹊高校は、“成成明学”の一角である成蹊大学の附属校であり、併願優遇を行わない高校入試で“MARCH”附属校に迫る合格難易度を保っている。卒業生の大半が系列大学に進学する“早慶”や“MARCH”附属校とは対照的に、成蹊高校から成蹊大学に進学するのは3割程度で、他大学進学にも力を注いでいる。
また、小金井市にある国際基督教大学高校も、併願優遇を行わない高校入試で少なからず10%erを集めている。帰国生(海外在住経験がある生徒)が多数を占める関係で単純な比較は難しいが、“MARCH”附属校受験者と同程度の学力を持つ生徒が多く志望していることから、進学校Mapにおける進学校に選定した。系列大学である国際基督教大学に進学するのは卒業生の約3分の1で、海外も含めた他大学に多数が進学している。

中学受験では、多摩に住む将来の10%erは23区の私立中高一貫校を強く志向する。こうした状況下でも将来の10%erから人気を集めている多摩の私立中高一貫校には、男子校の桐朋高校(国立市)や、女子校の吉祥女子高校(武蔵野市)がある。もっとも、吉祥女子高校は杉並区と目と鼻の先にあり、多摩の学校という感じではない(実際、23区在住の生徒の方が多摩在住の生徒よりも多い)。吉祥女子高校に比べると中学入試での合格難易度は高くないが、女子校の晃華学園高校(調布市)も、いわゆる難関大学合格を志向する多摩の私立中高一貫校として知られている。また、1980年代に開校した帝京大学高校(八王子市)や穎明館高校(八王子市)に代表されるように、多摩は共学の中高一貫校が注目される土地柄でもある。

2000年代以降、多摩に都立中高一貫校が立て続けに開校し、従来の進学校と競合する存在となっている。2008年には都立武蔵高校(武蔵野市)が附属中学校を開校すると同時に、立川国際中等教育学校(立川市)が開校した。2010年には三鷹中等教育学校(三鷹市)と南多摩中等教育学校(八王子市)が開校した。とくに、南多摩中等教育学校は八王子市の中心市街地に位置するので、八王子市の端にある八王子東高校や帝京大学高校、穎明館高校にとって、10%er集めという観点で脅威と言えるだろう。

東京都(多摩)内高校の大学合格実績(2020年春)

※進学校は黄色で示す。各高校の公式Webサイトで発表されたものを参照した。原則として現役・浪人の総数で、現役での合格者数が分かる場合は( )内に併記した。★を付けた錦城高校(1学年約500人)、拓殖大学第一高校(1学年約450人)は学校全体の実績である。

【2022/12/30追記】この記事を含む北海道・東北・関東地方の進学校Mapの記事を、加筆修正して収録した書籍(同人誌)を通販中です。詳細は以下の記事をご覧ください。


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