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高校の教科書は難易度がバラバラ!

私がこの記事を書いている今は3月末。少し早いですが、来月4月に高校に入学する皆さん、入学おめでとうございます!
皆さんは、高校に合格してから入学する前に、高校で教科書を購入したと思います。この教科書は同じ科目でも、高校によって難易度が違うことはご存知ですか?

誰が教科書を選ぶのか

日本の高校で使用する教科書は、公立・私立を問わずそれぞれの高校の先生が選んでいます。高校では同じ地域にある高校どうしでも、生徒の希望進路の傾向が異なったり、生徒の平均的な学力に大きな差があることがよくあります。このため高校の先生が教科書を選ぶときは、

「わが校の生徒の希望進路に合わせた教科書を選びたい」
「うちの高校の生徒が無理なく理解できる教科書を選びたい」

教科書を選ぶ高校の先生方の声

といったことを考えます。そこで教科書を発行する出版社は、高校の先生のニーズに合わせて、同じ科目でもさまざまな特徴を持った教科書を作るのです。たとえば進学校向けには、国公立大学の二次試験にも対応できるような詳しい内容を多く収録した教科書を作り、その科目が苦手な生徒が多い高校向けには、内容を絞り込んで中学校の復習もできる教科書を作る、というように。
こうした企業努力の結果、高校の教科書は同じ科目でも難易度に差が生まれます。もちろん、どれほど難しい、または易しい教科書であっても、学習指導要領に載っている内容は網羅されています。ただ、そこにどれだけ発展的な内容を盛り込むか盛り込まないのか、説明をどこまで詳しくするかしないのか、といったところで違いが出てくるのです。

こうした教科書の中から各高校の先生が思い思いの教科書を選ぶため、どの高校に進学するかによって使用する教科書が異なるという現象が起こります。

「数学Ⅰ」教科書の難易度別一覧

ここでは、あらゆる高校で全員が履修しなければならない数学Ⅰを例に、各社が発行する教科書をみていきましょう。
令和5年度(2023年度)用の数学Ⅰの教科書は、5つの出版社から計17シリーズ発行されています。以下のシリーズ名の末尾に付けた番号は、各教科書固有の番号で、教科書の表紙に小さく記載されています。自分の手元にある教科書のシリーズ名がよく分からなかったら、この番号で調べてみてください。

東京書籍(4シリーズ)

  • Advancedシリーズ(701)

  • Standardシリーズ(702)

  • Essenceシリーズ(703)

  • 新数学シリーズ(704+705)※問題編(704)と解答編(705)の2分冊

実教出版(3シリーズ)

  • 数学Progressシリーズ(706)

  • 新編数学シリーズ(707)

  • 高校数学シリーズ(708)

啓林館(3シリーズ)

  • 数学シリーズ(709)

  • 新編数学シリーズ(710)

  • 深進数学シリーズ(711)

数研出版(6シリーズ)

  • 数学シリーズ(712)

  • 高等学校シリーズ(713)

  • 新編シリーズ(714)

  • 最新シリーズ(715)

  • 新 高校の数学シリーズ(716)

  • NEXTシリーズ(717)

第一学習社(1シリーズ)

  • 新編数学シリーズ(718+719)※本編(718)とサポートブック(719)の2分冊

正直、シリーズ名だけ見ても難易度なんて分からないですよね?番号順が難易度順とも限りません。そこで私が各社のWebサイトを調査し、これら17シリーズの教科書を松・竹・梅の3段階の難易度に分類しました。

異なる出版社の教科書どうしでは、厳密な難易度比較はできないことに注意。

松・竹・梅の基準は以下の通りです。

難しめ。国公立大二次試験にも対応。学習指導要領には載っていないが、二次試験では出題されるような発展内容もふつうに載っている。

中間。大学受験を意識しているが、"松"ほどではない。シリーズに大学入学共通テストの出題科目(数学Ⅰ・A・Ⅱ・B・C)は一通り揃えている。

易しめ。大学受験をあまり意識していない(シリーズに数学Ⅲ・Cがなく、少なくとも理系の大学受験は想定されていない)。中学校の復習に割くページが目立つ。

一般的に、いわゆる進学校では"松"の教科書を使用する傾向があります
たとえば、数研出版は"松"の教科書を3シリーズ作っており、進学校を主なターゲットにしていることがわかります。ただ、世の中の高校は進学校ばかりではないので、"竹"の新編シリーズ(714)を選ぶ学校も多いようです。
一方、東京書籍は"梅"の教科書を2シリーズ作っており、大学受験をあまり意識していない高校に力を入れていることがわかります。なお、"梅"の新数学シリーズ(704+705)は2022年度NHK高校講座(主に通信制高校向けの授業番組)の数学Ⅰの教科書に選定されています。

「数学Ⅰ」教科書の難易度とそれを選ぶ高校の関係

それぞれの高校でどの教科書を使っているのかは、高校の公式サイトや、自治体の教育委員会の公式サイトで公開されていることが多いです。
たとえば千葉県の県立高校は、使用する教科書を教育委員会の公式サイトで一覧形式で公開しています。

「○○高校 使用教科書」「○○県 高校 教科書」のようにWeb検索してみましょう。もし、自分の志望校が使っている教科書の名前がWebで公開されていない場合は、在校生に聞いてみたり、高校に問い合わせてみたりするといいでしょう。個人的には、どの教科書を使うのかはその高校の教育方針を体現するものですので、各高校は公開して然るべきだと思います。

ここでは千葉県の県立高校を例に、令和5年度(2023年度)にどの高校がどの「数学Ⅰ」の教科書を選んだのかを調べてみました。ただし、17シリーズすべてをリストアップすると煩雑になるので、松・竹・梅の3段階で分類しました。

令和5年度(2023年度)に千葉県の県立高校で使用する「数学Ⅰ」の教科書の一覧。
黄色マーカーを付けた高校は、『進学校Map 三訂版』で進学校に選定した高校を表す。
同じ高校でも学科によって使用する教科書が異なる場合は、各高校の公式サイトに掲載されているシラバスから推定した。

課程・学科によって使用する教科書の段階が異なる場合も別々の1校とカウントすると、"松"を選んだのは43校、"竹"を選んだのは52校、"梅"を選んだのは45校でした。
『進学校Map 三訂版』で進学校に選定した高校はすべて"松"を選びました。ほかに"松"を選んだ高校も、大学受験に力を入れている高校が多いです。
全日制の普通科・理数科以外の高校では、"竹"または"梅"を選んだ高校が多いです。また、同じ高校でも学科によって教科書の段階が異なることがあります。たとえば第2学区の薬園台高校では、普通科は"松"の教科書を選びましたが、園芸科は"梅"の教科書を選びました。
定時制の高校では、"梅"を選んだ高校が多いです。

教科書の難易度と高校の関係をもう少し詳しく調べてみましょう。数研出版は数学Ⅰの教科書を6シリーズ出していますが、これらを難易度が高い順に並べると以下の通りになります。

  1. 数学シリーズ(712)

  2. 高等学校シリーズ(713)およびNEXTシリーズ(717)

  3. 新編シリーズ(714)

  4. 最新シリーズ(715)

  5. 新 高校の数学シリーズ(716)

※数研出版の公式サイトを見る限り、高等学校シリーズとNEXTシリーズはコンセプトは違えど難易度はほぼ同じと判断しました。

異なる出版社の教科書どうしの難易度は比較しづらいですが、同じ出版社の教科書どうしであれば、難易度に明確な差が付けられていると考えられます。そこで、千葉県の県立高校のうち数研出版の「数学Ⅰ」の教科書を選んだ高校について、選んだ教科書の難易度と高校の合格難易度の関係を調べました。

千葉県の公立高校における、令和5年度(2023年度)の数研出版の「数学Ⅰ」の教科書の選定状況と合格難易度の関係。定時制は「掲載なし」に分類した。
合格難易度は新教育「Wもぎ」2023年度偏差値(合格の可能性80%以上)を参照した。千葉県であれば「Vもぎ」や「Sもぎ」を使わないのかという意見が想定されるが、「Vもぎ」は進学校志望の受験者が多く低偏差値帯の弁別がしづらいと考えたこと、「Sもぎ」は2023年度の偏差値情報が入手できなかったことにより、次善策として首都圏でよく使われる「Wもぎ」を採用した。
各偏差値帯の中の順序は、千葉県教育委員会の使用教科書一覧の学校名簿順であり、偏差値順ではない。同一高校内で同じ教科書を使う複数の学科がある場合、普通科があれば普通科の偏差値を、普通科がなければ最も偏差値の高い学科の偏差値を参照した。
全日制高校では高校名に続けて学科名を記載したが、普通科は記載を省略した。

それぞれの教科書を使う高校の偏差値帯は次のようになっています。

数学シリーズ(712)
 計10校、偏差値57~76(中央値69)
高等学校シリーズ(713)/NEXTシリーズ(717)
 計19校、偏差値50~64(中央値57)
新編シリーズ(714)
 計21校、偏差値41~55(中央値50)
最新シリーズ(715)
 計12校、偏差値42~50(中央値45.5)
新 高校の数学シリーズ(716)
 計13校、偏差値42以下(偏差値掲載がある10校の中央値38)

いずれの教科書も、それを使っている高校の合格難易度(偏差値)に幅がありますが、合格難易度が高い高校ほど難易度が高い教科書を使う傾向があることがわかります。基本的に、各高校の先生は自分の高校にいる生徒の学力に合わせて教科書を選んでいることが伺えます。
もっとも、先生の考え方によっては生徒の学力と教科書の難易度が必ずしも一致するとは限りません。たとえば、

「授業では副教材をメインで使うから、教科書はあえて"松"を使わず、生徒が自力で読んで理解しやすい"竹"にしておくか」
「生徒の中でも学力上位の層に焦点を当てて授業をしたいので、"松"の教科書を選ぼう」
「生徒の学力的には"梅"がいいかもしれないが、大学進学希望者が増えてきたことを考えると、せめて"竹"で教えておきたいな」

教科書を選ぶ高校の先生の考え(朝森久弥による想像)

といった発想が考えられます。

また、千葉県のことではありませんが、高校が1つしかない離島では、島内の中学校卒業者全員が高校に進学できるように、高校の定員をわざと定員割れが起こるように設定しています。こうした高校でに合格するのに最低限必要な学力はかなり低く、模試での偏差値もかなり低く表示されます。しかし、こうした高校では"梅"ではなく"竹"の教科書を使うことが多いようです。生徒は(実家から出ない限り)他に通う高校がないからその学校を選んでいるだけで、合格ラインギリギリの学力が低い生徒ばかりではないからでしょう。

「教科書レベル」と言うけれど

「教科書レベルができれば、共通テストは大丈夫」
「大学受験は最難関大学であっても、教科書レベルの理解が重要」

こういった意見を見聞きしたことがある人は多いと思います。
これらはある意味で正しいですが、ある意味間違っています。
なぜなら、大学受験における「教科書レベル」は「"松"の教科書レベル」を意味するからです。
進学校の生徒や先生はみな"松"の教科書を使っているので、「教科書レベル」という言葉をそのまま信用しても問題ないことが多いですが、"竹"や"梅"の教科書を使っている場合、「教科書が理解できれば大学受験はOK」と考えていては、目標に届かない危険性があります。

もちろん、大学受験に教科書だけで臨む人は少ないでしょう。日本には大学受験参考書が豊富にありますから、高校でどんな教科書を使っていようが、参考書を使いこなせば大学受験で成功をつかむことができるという意見も一理あります。
それでも多くの高校生は、自分の高校で使う教科書に長い時間触れるわけですから、その教科書が自分の目標や学力に合っているに越したことはありません。すでに高校生になっている人で、とくに大学進学を目指している人は、自分がどのような難易度の教科書を使っているかを把握しましょう。それを知った上で学習計画を立てたほうが、より効率よく成果を収めることができるはずです。
これから高校生になる人は、高校受験の前に、自分の志望校でどのような難易度の教科書が使われているかを調べましょう。実際問題、受験直前に志望校を変更する、具体的には偏差値が少し低い高校に志望校を変えることもあり得ると思います。その時、志望校を変えることで教科書の難易度が変わる場合は要注意。教科書の難易度が違うということは、高校入学後の学習の目標地点が違うということです。変更先の高校で本当に自分が望む学習ができるのかを真剣に考えてください。

高校で"松"の教科書を使っている人も安心してはいけません。大学受験に力を入れている中高一貫校では、「体系数学」(数研出版)をはじめとする中高一貫校独自の教材を使って、"松"の教科書相当かそれ以上の難易度の授業をしているからです。しかも、中高一貫校の授業進度は早いことが多く、中学3年生の時点で高校内容を学習していることはザラにあります。一方、中高一貫校でない高校出身者は中学校で、全国で共通の難易度の教科書を使った授業を受けて3年間を過ごしています。大学受験という観点では、中高一貫校がそうでない高校より有利なのは明らかです。裏を返せば、中高一貫校では中学入学当初から"松"の教科書に向かい合わなければならず、それについていけない時が大変なんですけどね。

たかが教科書、されど教科書。
自分が使う教科書のことを知り、実りある高校生活を実現しましょう。

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