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おっぱいと私

大きな機械がゆっくり回転すると中年女性が慣れた手つきで私のおっぱいを引っ張る。左右交互に力いっぱい引っ張る。
プラスチックの冷たい板がゆっくりと近づき私のおっぱいを挟む。左右交互に力いっぱい挟む。
私は上半身裸でされるがまま中年女性によいしょよいしょと引っ張られ、整えられて餅つきの餅の気持ちである。
次にベッドに寝かされて生暖かいジェル的なものをおっぱいに広げられ、バーコードを読み取る機械のようなもので丁寧に読み取られていく。
天井に貼ってある蛍光の星型シールを見つめながら今度はコンビニ商品の気持ちである。

ということで小雨降る土曜日、乳腺外来に行ってきました。
改めてマンモグラフィー検査、エコー検査というものはなかなかの恥辱プレイです。そして大人の女性であれば大抵の人が経験済み。
通常おっぱいを晒す場面では「キャ」とかリアクションしたり、ましてやジェルなんて広げられたら「おっふ」などと何らかのリアクションはするべき。それくらいは最低限のマナー。そう心得る大人の女性たちがここでは無表情で無反応でおっぱいを投げ出している。
どっち?本当はどっちなの?「おっふ」なの?「無」なの?
この矛盾こそ「大人の事情」て呼ぶのかな。なんてぼんやり考えながら検査は進む。

4、5日前に右胸の下部が痛み出した。
初めはどこかで打ったのかと軽くみていたが痛みはずっと消えない。自分の年齢と親族の病歴を考えると嫌な予感が拭いきれない。
子供と二人暮らし。子供はまだ小学生。仕事はどうなる?入院が長引いたら子供はどうする?万が一の場合は?
考えるのは子供のことばかり。
4年ほど前にヘルニアの手術で10日間入院した時、面会に来た子供が部屋に入るなりベッドに無言で突っ伏してさめざめと泣いていた姿を久しぶりに思い出した。のび太君まっしぐらでも何でもいい。私は息子が吞気に笑って生きてくれるために存在している。

待合室で感傷にふけっているとあっけないほどすぐに結果は出た。
説明を受けたところただの乳腺炎。40代から閉経に向けて起きる症状ということでした。
「閉経」というワードに動揺はしたものの、現在のところ深刻な状況ではないそうでひと安心。
ただ、今回はセーフだったものの、確実にアウトの日はやってくる。
母が癌の宣告を受けたあの日。それはある日突然やって来た。
そろそろいいかな、なんて心の準備が出来る人は1人もいないんだろうな。

病院を出て、深い谷から這い上がったような気持ちで子供に電話をした。
「ママ、病気じゃなかったよ」
「あ そう、よかたねー、じゃねー」
速攻切られた。ゲームで忙しいらしい。母の病気どころではないらしい。
ああ、いい感じ。私が命懸けで守りたいものはこれだよ。


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