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魔法のホウキ【SF ショートショート】

23XX年。街には自動車は一台も走っていない。
2200年代の終わりに流行りだした魔法の影響だ。
初めはちょっと進化した手品ぐらいだった。
それが、ある少女が昔の童話のようにホウキに乗ってみると言い出した。
最初はみんな、そんなの無理だと言いバカにした。
しかし少女は諦めなかった。
寝る時以外片時もホウキを離さず、機会あるごとに跨がってみた。
朝、鏡の前で髪を整えながら、昼、サンドイッチを頬張りながら(この時代にも、人々は食べることは楽しんでいた。そのため古き良き時代のサンドイッチという物もよく食べられていた)、ホログラムモニターの前で勉強をしながら。
そしてついに、少女は床から5cm浮き上がることに成功した。
少女はすかさず動画サイトへそれを投稿した。
インチキだという声も多かったが、心のどこかで魔法を信じたいと思っている人が実は結構いたようだ。その動画は一晩で10万回再生を超え、その翌日は各地でホウキが売り切れ、フリマアプリでは一時ホウキ1本に10万円という値段がついていた。

それから一ヶ月たち、ホウキ騒動はすっかり収まっていた。
しかし少女は諦めていなかった。とうとうホウキで自由自在に空を飛べるようになった動画を投稿した。すると自分も、自分も、と各国から、少しだけではあるが浮き上がれるのだという投稿が挙がってきた。
そうすると、ホウキフライングは一部の若者の流行りではなく社会現象となっていった。有名な動画投稿者たちはこぞって彼女をゲストに呼んだ。学会は彼女を研究対象とし、経営者たちは「ホウキフライングスクール」を開校した。
研究の結果、誰にでもホウキで飛べる能力があることがわかった。それが発表されると「ホウキフライングスクール」へは入会者が殺到し、何ヶ月もの予約待ちができた。スクール卒業者たちはホウキに乗ってデリバリーをしたり、宅配を請け負ったりした。
そのうち街の空にはホウキが過密化し、空中での事故も相次ぐようになっていった。
そこで政府はホウキに乗るのには免許を必要とすることとした。空には信号が設けられた。
そのうち少女は、ホウキでは雨の日に不便なのに気づいた。屋根がないからだ。そして今度は魔法で屋根を作ることに成功した。
またしても彼女の元には動画投稿者が殺到し、「ホウキフライングスクール」では、屋根をつけるオプションコースを受講できるようになった。学会はもう動かなかった。その頃には、ホウキフライイングについては、民間の研究のが遥かに進んでいたからだった。
こうして、ホウキは交通としての地位を確立していったのだった。
今では、普通ホウキに軽ホウキ、スーパーホウキなんかもある(大きさやパワーによって税金が違う)。
子供を乗せるときには、振り落とさないように、チャイルドシートの装着が義務付けられている。
朝のラッシュ時には渋滞する。ホウキの増え始めた最初の頃は、上や下や横から追い抜こうとする者もいたが、警察に注意されるしペナルティも与えられるので、今ではみんな、信号に大人しく並ぶようになった。
最初にホウキに乗ったあの少女は…と言うと、最近ではめっきりホウキに乗らなくなった。みんな乗ってるのではなんだかつまらない。
そこで今度はワープの練習をしている。隣の街くらいまでは確実に行けるようになってきた。
けれど少女は今度は誰にもそれを教えることはなかった。せっかく覚えたワープまで、また免許だの信号だのに邪魔されたくないからである。
魔法って、そんな、夢のあるものじゃない?だから内緒だよ。
少女はウィンクして言った。

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