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互い違いの靴下

駅前のブティックで、カーディガンを買った。なんと、靴下の襟がついたやつだ。

「わあ、かわいい」
それは、ショーウインドウに飾ってあった。私の目は釘付けになった。
私を見留めた店員が、すかさず近寄ってきて恭しく言った
「こちら、1点物でございます」
「1点物?」
私は怪訝に思った。かわいいのは確かなのだが、一つ腑に落ちない点がある。
「あのう、この靴下、互い違いなんですか?」
私は襟をしげしげと見比べて言った。
「さようでございます。こちら、オーナーがデザインしたものなんですございますが、この互い違いの靴下にこだわりがございまして。それでこういったデザインになったんでございます」
よほどおすすめの商品なのか、店員は得意気に言った。
「いえ、靴下の片方ずつはどこへいったんですか?」
今度は遠回しでなくはっきりと聞いた。
「ああ、それでしたら先週お買上げ頂きました。そのお客様、それはもう、お気に召していらして。こんなのを一度履いてみたかったとおっしゃって」
店員は、ますます得意満面だった。私は戸惑っていた。
だって靴下として履くには、あまりに互い違い過ぎていた気がしたからだ。

カーディガン全体としては、まずまずのかわいらしい出来栄えだった。グリーンの地に、ポケットが左右についていて、袖は縄編みになっていた。
そして、襟の部分は、本物の靴下になっていた。靴下を縫い付けて半分に折って襟にしてあるのだ。靴下特有のカーブが、かわいらしい丸さを出していた。
初めて飛び込んだ店だし、少々懐は痛かったが、思い切って買ってしまった。それほどにかわいいカーディガンだったのだ。
しかし、この靴下だけを互い違いに履くのはいかがなものだろう。
家に帰ってもしげしげと眺めていたが、どうにもぴんとこない。
向かって右の靴下は、オレンジの地の雪模様。左はグレーと紺と白のボーダーだ。これを履いて歩いている人がどこかにいるということだ。

その晩、互い違いの靴下のことを考えていてなかなか寝付けなかった。
あの靴下の持ち主は、どんなコーディネートであれを履くのかしら。
あのブティックの利用客ということは、この近くに住んでいるのかしら。
ブティックの近くに駅があるから、あそこを利用していてあの店に気づいたのかしら。
もしかしたら、もしかしたら……まさかねえ。
一瞬、会えるのではないかと期待を抱いたが、まさかと打ち消した。

翌日早速会社へ来手行こうかと思ったけれど、その日はあいにく来客があり、スーツを着ていった。
その次の日はそのカーディガンを着るには少し寒すぎた。それは綿の糸でできていたからだ。
チャンスは三日目にやってきた。靴下カーディガンデビューだ。会社の人たちはなんて言うかしら。ワクワクしながらカーディガンと共に家を出た。
案の定、会社では男女問わずもてはやされ、カーディガンのおかげで憧れの人とも話すことができた。
仕事もスムーズにいき、定時で上がれた。
こんなに何もかもうまく行く日もあるものね。こんなにラッキーな日なら、もしかしたらあの靴下を履いた人に出会えるんじゃないかしら。
春先の夕方だというのに、電車の中は少し暑かった。私は、羽織っていたスプリングコートを脱いだ。
すると、私の立っている後ろで、小さく、あっ、と言う声がした。
振り返ってみると、そこには女性が座っていた。
デニムのセミフレアースカートにトレンチコート、中にはトレーナー、そして足元には互い違いの靴下。
とてもよく似合っていた。
彼女のコーディネートに魅せられている間に、先に彼女が事態を理解したらしい。笑顔になった。
「駅前のブティックですか?」
「え、あ、はい」
一瞬気後れしてしまった。曖昧な返事をして、不快に思われなかったかしら。
「あのお店、素敵なもの多いですものね」
彼女は気にもとめず笑顔のままだった。
「ええ」
つられて言ってしまったが、このカーディガンを買うのに初めて入ったのだ。以前から気になってはいたが。
「木崎さん、カーディガン買ったお客さんびっくりしてたって言っていたから」
「木崎さん?」
「あなたに接客した店員よ。どう、素敵でしょ」
彼女は互い違いの靴下を得意気に見せてくれる。
「ええ、本当に素敵だわ」
私は心から答えた。上手に履けばこんなに素敵になるんだわ。
「私、あなたに会ってみたかったの、互い違いの靴下を履いた人に。でもまさか会えるなんて思ってなくて」
「ふふ、こんな偶然もあるものね。なんだかいいことありそうな感じ。あ、私、降りる駅なの」
「あ、私も」
二人であのブティックのある駅で降りた。
「ねえ、時間ある?木崎さんに見せに行ってみない?」
「え?私、これ買ったとき初めて入ったお店で…」
「大丈夫大丈夫、さ、行きましょ」
半ば強引にブティックへ連れて行かれ、木崎さんはまあ素敵、お写真を、と大興奮していた。
「オーナーも喜びますわ。改めて2つそろうと、本当に素敵な作品ですもの」
とりあえず喜んでもらえたのはよかったが、私は二人とはほぼ初対面であり気まずく、そろそろ帰ろうとしていたら、
「私、山名有紀子よ、あなたは?」
互い違いの靴下の彼女からの突然の自己紹介だった。
「浅木…亮子です」
なんとなく気恥ずかしかったが名乗った。
「ねえ、これから時間ある?素敵なカフェがあるの」
私は半ば強引にカフェへつれていかれた。
彼女は強引なところもあるがよく気が付き、気の利いた会話は突っ込みすぎたところがなく面白かった。不思議と初対面とは思えないほどのことを話してしまった。

あれから2年。今年はまだコートがいる。駅の前で立っていると少し肌寒く感じ、更にストールを巻いた。
「ごめんごめん一本遅れちゃった」
有紀子がやってきて謝る。
「いいのよ、有紀子のほうが定時15分遅いんだし」

そう、あの互い違いの靴下事件以来、私達は意気投合し、仕事後にお茶や、時にはお酒を飲む仲になっていた。
いやはやほんとに縁は奇なものだなあ。

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