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12.アクアとPTSD①(概要編)

PTSD(心的外傷後ストレス障害:Post-Traumatic Stress Disorder)とは、DSM-5(アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル)によると、実際にまたは危うく死ぬ、深刻な怪我を負う、性暴力など、精神的衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験に晒されたこと(他人に起きた出来事を目撃したことも含む)によって生じる精神疾患のことを指します。なお、同じ出来事を体験しても、人によってPTSDになるかどうかは異なるということも含み起きください。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の主な症状

侵入症状:トラウマとなった出来事に関する不快で苦痛な記憶が突然蘇ってきたり、悪夢として反復されます。また思い出したときに気持ちが動揺したり、身体生理的反応(動悸や発汗)を伴います。

回避症状:出来事に関して思い出したり考えたりすることを極力避けようしたり、思い出させる人物、事物、状況や会話を回避します。

認知と気分の陰性の変化:否定的な認知、興味や関心の喪失、周囲との疎隔感や孤立感を感じ、陽性の感情(幸福、愛情など)がもてなくなります。

覚醒度と反応性の著しい変化:いらいら感、無謀または自己破壊的行動、過剰な警戒心、ちょっとした刺激にもひどくビクッとするような驚愕反応、集中困難、睡眠障害がみられます。

引用元:一般社団法人日本トラウマティック・ストレス学会

アクアがPTSDであることを窺わせる描写

原作第50話の最後〜第51話で、アクアがアイの死の場面を思い出して、気分が悪くなる場面があります。

第51話では、

五反田監督「昔の事を思い出すとたまにこうなるんだ」
あかね「PTSD……心的外傷のフラッシュバックって事ですか?」

推しの子第51話より

というやりとりがなされています。

トラウマとPTSDという言葉の違い

トラウマとPTSDって何が違うの?っていう方も少なくないかと思います。トラウマとは心的外傷(つまり、心の傷)のことで診断名ではありませんが、PTSDとは医師がつける診断名です。

PTSDの正式名称が、Posttraumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)であるように、心的外傷(トラウマ)になるような重大な出来事が起きたことによる「ストレス障害」であり、トラウマティック・ストレスとは通常のストレスとは別の意味で使われます。

トラウマという言葉はかなり一般的に使われるようになりましたが、トラウマという言葉に対する印象は、一般の方々と専門家とでも少々異なるようです。トラウマに関する記憶のことを「トラウマ記憶」と呼びますが、トラウマ(あるいはトラウマ記憶)は大なり小なり誰にでもあるものです。

その中でも、PTSDとして診断されるような大きな衝撃的な出来事によって生じるトラウマをビッグT(Big Trauma)、日常生活の中に無数にある(命を脅かすほどではないものの)精神的に苦痛な体験の記憶をスモールt(Small trauma)と呼びます。

アクアが受けてきた治療

第55話では、

ゴロー(アクア)「メンタルコントロールエクスポージャー療法。カントクの所で色々試してはみたけど、コイツの激情は全然抑えられない」

推しの子第55話より
(太字は筆者)

というセリフがあります。

メンタルコントロールって何かな?」と思って、インターネットで調べてみましたが、イマイチわかりませんでした。コーチングやスポーツ心理学の中で言われる言葉のようですが、専門用語というよりは、メンタル(精神)をコントロールするためのいくつかの方法を組み合わせて用いる一般的な用語のようにも見えます。

エクスポージャー療法。これは行動療法の一種で「暴露療法」とも呼ばれます。恐怖・不安の対象などに対して、実際に暴露してみたり(たとえば、高所恐怖症の人が高所に行く)、イメージで暴露してみたり(たとえば高所恐怖症の場合、高所にいるイメージをする)、それを喚起させるような映像や物を見たりします。最も苦痛の度合いが高いものに最初から暴露することを、「フラッディング」といいますが、余計にトラウマを強くしてしまう恐れがあるため、不安階層表と呼ばれる苦痛の度合いが低いものから高いものまで並べた表を作り、段階的に暴露していくことが多いでしょう。

呼吸法や筋弛緩法(筋肉を緩める方法)などのリラクゼーション法を組み合わせることによって、「不安や恐怖とリラックス」という矛盾するものを同時に存在させることで、「不安や恐怖を感じているのにリラックスしている」という状態を続けていると、次第に不安や恐怖が下がってきます。このことを拮抗条件づけと呼びます。

トラウマ治療で用いられるエクスポージャー療法

特にトラウマ治療(PTSDの治療)に用いられる有名な心理療法としては、Foaによって開発された「持続エクスポージャー療法(PE:Prolonged Exposure,  長時間曝露療法とも。)」というものもあります。これはエクスポージャー療法をPTSD向けにパッケージ化されたものです。

アクアの「試してはみた」治療法は自己流?

ゴロー(アクア)は、「カントクの所で色々試してはみたけど」と言っているので、専門家のもとで治療を受けたというのではなく、自己流で試してみたのかもしれません。エクスポージャー療法などは自己流で行うと悪化する恐れが低くないので、決してオススメできませんが、ゴローは元医師(産婦人科医)なので、自分で精神科系のことを調べて自己流でやっていたのかもしれません。

また、PTSDを始めとするトラウマ関連障害については、この20〜30年の間に研究や臨床が進められてきて、様々なトラウマ治療が生まれました。アクアも適切な治療を受ければ、かなりの部分で症状が緩和される可能性があるのではないかと思います。

次回、アクアとPTSD②(治療法編)では、「(PTSDなどの)トラウマ治療の実際」や「トラウマ治療の種類」について紹介し、「アクアはこれまで、あるいはこれからどんな回復過程をたどれる可能性があるか」について考察していきたいと思います。

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