アップリンク吉祥寺のデザイン・コンセプトを話します。 ここは、「東京」を意識した。
これまで映画配給、映画製作、映画館運営とあらゆる角度から映画に携わってきた自分の経験を活かして、未来のミニシアターの在り方を提示した映画館だ。作るにあたって、デザイン、技術、機能の面でリサーチを重ね、細部にまで徹底的にこだわった。今回はデザイン面の話をしたいと思う。
最初に一つのルールを自分に課した。コンクリート打ちっぱなしで天井を張っていないスケルトンの空間に、床はモルタルでグレー、カウンターやテーブルはナチュラルな木、という何年も前から流行っているデザインからできるだけ遠ざかるというルールだ。そういったカフェや商業施設は清潔感があり、アーバンで気持ちのいい空間ではあるが、正直、もう飽きた。もっというとそこそこの都会的なデザイン空間は感性を刺激しない保守的なものだ。無印良品的と言ってもいい、そのような内装は、実は経済的でもあるし、時間をかけて真剣にデザインを追求しなくとも、そこそこいい感じの空間は演出できる。
それに抗うにはまず「色」だと決めた。映画館で色を使いだすと、今度はアミューズメントパークのような過度にカラフルな空間になりがちだが、それも違う。考えたのは、エスカレーターを降りたらロビーにはターコイズ・ブルーの空間が広がっている映画館だ。床も、壁も、天井もブルーの世界。当初、天井のスケルトン部分もブルーにしたかったが、躯体に塗装はダメだという事で土壇場でNGとなったが。でも、銀色のむき出しのダクトは九龍城感があり、ブレードランナー感を醸し出す。
ロビーはスクリーンを囲む回廊型なので、コーナーを曲がると色が変わる世界にしたく、ブルーのロビーを曲がるとピンクの路地、そこを曲がると白いギャラリー、そして青いトンネルとした。ブルーのロビーには真っ赤な長いカウンターがアクセントとして配し、受付の上にはミラーボールとその後ろは障子という、一歩間違えばキッチュすぎるところをそうならないよう和洋ハイブリッドなデザインとした。
次に考えたのは、映画館で一番観客の人体と接触する時間が長い椅子についてだ。椅子はカタログだけで選んではダメだ、まず座わって、その座り心地を確認しなければ。そのためフランス郊外のキネット社に行った。映画館用の椅子はオーダーメイドなので張地は自由に選べる。同じ生地で色が違っても値段は変わらない。そこで、椅子が7列あるスクリーンには7色のレインボーカラーの椅子にすることにした。一番小さいスクリーンの壁紙はウィリアム・モリスの壁紙を張ることにし、椅子はストライプ柄、カーペットもストライプ柄にした。そうやって5スクリーン全部の椅子のデザインを変え、内装も変えた。
全体のデザインで気を遣ったのは、張りぼて感のあるピカピカさではなく、どこか懐かしさを覚えるけれど新しい、レトロフューチャー感が出るように心掛けた。また、これは技術的な面からだがスクリーンの角を丸くした。スクリーンの布地を太鼓の皮のようにフレームに張っているので、角がとがっているとそこから裂けるため、角は丸くせざるを得ない。画角を調整する左右のカーテンがなく角の丸いスクリーンが空中に浮いているのは、どこか昔のSF映画的だ。アールは空間を優しくし、ノスタルジックな感覚を与えてくれる。場内にはトンネルの天井を始め、様々なところにアールをつくった。
照明もこだわった。器具もそうだが、一番考えたのは、暗くする部分を作ること。今時の商業施設は明るい。ショッピングモールには、薄暗い路地が存在しない。どこも明るい。そこで、暗い路地を作ろうと考えた。エレベーターを降りたロビーは明るく、突き当たりを左に曲がったピンクの路地はぐっと照明を落とした。そして左に曲がると白いギャラリーとポスター、チラシがずらっと並ぶ通り、次の通りは天井が丸いトンネル。ここもぐっと暗くした。「薄暗い路地とトンネル」が他の健康的に明るすぎる映画館のロビーとは大きく違うところだ。
ロビーで流す音楽もオリジナルにした。デレク・ジャーマンの映画音楽の多くを手がけたロンドンの友人、サイモン・フィッシャー・ターナーに依頼した。目に見えないがこの環境音楽はデザインの大きなスパイスになっている。商業施設ではBGMとしてポップスが流れていることが多い。あまり意識していないが、意識しだすと垂れ流されている音楽は耳障りだ。アップリンク吉祥寺では視覚と聴覚の統一したデザインを試みた。
最後に出来上がった映画館を評して「パリみたい」「ニーヨークみたい」などと言われたりするが、海外を意識したわけではなく、東京を意識して作った。だから、「東京みたい」と言われるのが一番うれしい。
一番のサポートは映画館で映画を観てくださることです。 アップリンク渋谷・吉祥寺をよろしく。