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ワガボーダー(パキスタン)2010


パンジャブ Panjub

 パンジャブは現在インドとパキスタンにまたがっているが元々は一つのエリアでシク教徒が比較的多い地だった。そこに引かれてしまった国境線。インドとパキスタンの二つに分かれてしまったパンジャブの民はどう思っているのだろうか。二つの国に分かれてしまってから両国間では3度にわたる戦争があった。当然、一部の兵士はバンジャブ出身。同じパンジャブ語(パキスタン側では話者は少ない)を話す者同士が戦ったのである。

 ここワガ国境では両国で派手な旗おろし儀式、フラッグセレモニーが行われている。国威掲揚となるこの儀式では仲が悪いとされる両国間において友好的に行われる儀式だ。当事国でない我々からすると素晴らしい軍隊式の儀式に過ぎないのだが、当事国からするとただのセレモニー観戦というのんびりとした観光目線の話ではない。ひたすら自国を応援し、相手よりも応援合戦で有利に立ちたいのだ。それにはある程度両国間で起こった戦争について少しは知っておいた方がいいと思われる。

 

インドパキスタン戦争

 3回も勃発したこの戦争は第1次と2次においてはカシミールの領有権問題。現在はインドが実行支配しているカシミール地方をパキスタン側が自分のものだと主張している。第3次は東パキスタンの独立。当時のパキスタンは今のパキスタンと東パキスタン(現バングラデシュ)に分かれていた。つまり昔はバングラデシュもパキスタンの国土であったのである。東パキスタンはタイフーン被災で支援が滞ったパキスタンに対し不満を募らせ、そこに乗じたインドが東パキスタンの独立の手助けをしたのである。パキスタンからすれば本来の自分の領土であるはずのカシミールをインドは返してくれない。今までパキスタン領だった東パキスタンをインドが勝手に独立させやがった!という状況なので仲が悪いのは当然なのである。
 

ワガボーダー  Wagah Border

*できれば下のリンクの動画を見た上で読んでいただくことをお勧めします。

 儀式が始まる時間より結構早めに着く。ここのセレモニーは大人気で平日でも満員となるくらいなのである。夕方にこの国境を目指すのはインド入国という人はほとんどいなくて断然このセレモニー見学の人ばかり。国境ゲートの向こうには India の文字が見える。そして文字だけでなくインド側の応援席に座っているインド側応援団まで見える。まさしくここは国境地帯なのだ。インドまで本当に目と鼻の先なのだ。国境を挟んで集まった群衆は応援合戦に突入する。石を投げればゲート向こうのインド側まで届きそうな距離だ。しかしながらここでは友好的な声による合戦になる。敵対といっても中東のとある国境のような投石みたいになるようなことはない。ゲートの前では国旗をあしらった男性がひたすらパキスタン国旗をうちふるっている。待ちきれずに、いかにも早くゲートを開けろっと言っているみたいだ。当然インド側にもこのパキスタン国旗は見えているはずである。向こう側にも心理的プレッシャーをかけるかのように旗を振りかざしている。



 するとこちら側の応援席にも国旗をあしらった服を着た老人が現れた。そして観客席に向かってもっと大きい声を出せ!とばかりに旗を振りまわし応援を煽ってくる。私はこの老人を密かに心の中で パキスタンおじさん と勝手に名付けた。パキスタンおじさんはいわゆるパキスタン側の応援団長的な存在だった。国境警備兵だけでの式典を見学するよりもこういった応援団はスポーツのマスコットキャラクターのように応援を盛り上げるのにベターな存在なのだと思う。愛国心の塊のようなパキスタンおじさんはひたすらパキスタン国旗をふるい、拳を突き上げていた。



 30分ほどは待っただろうか、式を行う国境警備兵たちが現れた。兵士たちは屈強な者ぞろいで身長はかなり高く190㎝前後もありそうだ。黒をベースの制服に勲章らしきものを色々ぶら下げている。そしてインド側でもそうなのだがパンジャブ地方の盛装らしくターバンの左側を扇子のようにして立てている。見た目は扇子を頭に挟んでいるようだ。インド側は茶色がベースとなっている。両国で服装の大きく違う点はパキスタン側はターバンを長めにして後ろの腰まで伸ばしていることだろうか。そう伸ばすことで単なるターバンいうだけでなく、背中に伸ばした布地がシルエット的にも帽子のマントのごとく歩く度になびき、様になってカッコいいのである。超ぶっとい鉢巻を長めに後頭部から腰まで届くようにしているといえばわかりやすいだろうか。服装だけでいえばパキスタン側の方があくまでも個人的感想だがカッコいい。


 足を高々と上げ、国境線に向かう兵士。そして頑張って行ってこい!とばかりに応援するパキスタンおじさん。


 式が始まり相手を威嚇するようなポージングなど観客を盛り立てる要素が色々詰まっている。ここではもちろん式典なので友好的に行われるのであるが敵国なので相手に舐められてはいけないようなプライドもセレモニーに盛り込まれている。手を上げて相手を睨みつけ威嚇合戦するようなところは普通に考えてセレモニーに必ずしも必要ではない。しかしながら両国間の国民の心理状況などを考えた上での愛国心を高める演出なのだろう。多分だが観客は相手が相手だけに友好的すぎる演出というのも盛り上がらないと思う。相手を威嚇し、こっちは強いんだぞ、やるのか?ぐらいの迫力がないとこういう場合は盛り上がらないような気がしてならない。格闘技でも計量の後にフェイスオフというのがあってお互いにファイティングポーズを取って写真撮影が行われるが、それと似ているような感じなのではと思う。フェイスオフで仲良く肩を寄せ合ってピースとかだと試合に向けての戦闘モードが上がらないように、フラッグセレモニーでも両国の代表が握手だけでなく友好的にニッコリ微笑んでハグでもしたら盛り上がるどころかブーイングが起こりそうな気もする。観客目線で考えると、たとえ形式的であれ、とりあえずは相手に対し威圧する方が見ている側としては納得し愛国心が盛り上がるのではないか。

 式は着々と進行し両国の旗がゆっくりと確実に同時におろされる。降ろされた旗はきれいにたたまれた後、両国の代表兵士が固い握手を交わしゲートはしっかりと閉ざされる。兵士はこれでもかこれでもかとばかり足を高々と上げ軍靴を高らかに鳴らす。一連の軍隊セレモニーのきびきびとした行動がある種の緊張感をヒートアップから統制されたクール感を出している。兵士達は観客のボルテージが上がっても常に当たり前だがクールに粛々とセレモニーを進めていくのだ。旗は国境の建物の2階に運ばれる。建物の上にはパキスタン建国の父、ムハンマド・アリー・ジンナーの肖像画が掲げられセレモニーをじっと見守っている。そのムハンマド・アリー・ジンナーの前で旗は受け渡されセレモニーは終了となった。パキスタンおじさんは最後を見届けると、満足そうに陶酔したかのように天を仰いでいた。彼はきっと毎日このようにひたすらパキスタンの国旗をうち振り、観客を盛り上げ、自らもセレモニーに酔いしれているのだろう。


 セレモニーを見て感じていたのは、これだけしっかり調和の取れているだけに敵国間でありながら、本当はこっそり両者でしっかり連絡取りながら秒単位で式の進行の段取りを緻密に打ち合わせしているんじゃないのかなと。セレモニーの流れにしても間違いはあってもならないし、相手国に入るのは困難なだけにお互いに動画交換でもしながらしっかり進行を確認しているような気がする。両国はこのように大規模な観客席を設けてまでフラッグセレモニーを観光化した。それには敵国でありながら友好的にセレモニーを同時に共同で行うという演出をすることによって、完全なる国民の敵対心からの脱却を図ろうとしているかのように見える。セレモニーは相手国を侮辱し見下すことなく、自らを持ち上げているのだ。観客も相手国側に物を投げ込むとか、馬鹿にするような言動もないような印象だ。これはただのセレモニーというだけでなく勝敗のないエンターテインメントであって、プライドを保ちながらお互いの愛国心を高めていくことに成功しているようにみえる。両国が今後どのような歴史を刻むのかわからないが、常に平和というものを考えながらやっていくという意味では、このフラッグセレモニーは両国間の緊張の象徴するような国民目線でうまく考えられたセレモニーだと思うのだ。

 帰りに今回のガイドがこんな話をした。インドよりパキスタン兵の方が足を高く上げていると。彼によるとインド兵は足を自分の頭のところまでしか上げないがパキスタン兵は自分の頭よりさらに高く足を上げているとのことだ。とても些細なことのように感じたが、彼は自慢げに言っていたのだ。正直言うとちょっと呆れながら聞いてはいたが、両国間が友好国になるにはとてつもない時間が必要、いやそれは無理な話なのかもしれない。


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