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ずっと憧れていること

中学生くらいの頃から、自立することが夢だった。
母がうつ病で臥せっていたから父が家庭の主導権を常に握っていて、母は従わざるを得なかった。
そんな様子を幼い頃から見てきて、自分はちゃんと自立したいと思ったのだった。

経済的自立、精神的自立。
どちらも叶えて、自力で生きたい。
いや、生きたかった。
今の私はどちらも叶えられず、なりたくなかった姿になっている。
夫におんぶにだっこ。
従わされてるわけではないけれど、夫がいなければ生きていけない状態ではある。
これが寄生虫というやつだろうか。

根本に自立したいという思いがあったから、勉強を頑張れたのだと思う。
高校受験も大学受験も自立するためのステップだった。
勉強を頑張ったおかげで満足いく大学に入れて、そこで色々な経験を積むこともできた。
就活で挫けてしまわなければ、自立できていたかもしれない。
経済的にも精神的にもちゃんと自力で生きていけたかもしれない。

ifの話をしたって仕方がない。
うつ病になってしまったのだから、もし病気になってなかったら……と考えて治るものではない。
それでも私は自立を諦めきれない。
「自立すること」は10代20代のテーマだったと、振り返って思う。
そして30代の今でも自立に憧れている。

自分で稼いだお金で誰にも文句を言わせず自分の好きなものを買う。
当たり前のようにやっている人もいるのだろうけれど、私にはすごくキラキラして見える。
なんの罪悪感もなく、むしろ誇らしげな気持ちで好きなものにお金を払うこと。
羨ましくてたまらない。

他人に必要以上に依存せずとも自分のことを好きでいられる精神状態も、とても羨ましい。
自分を許せる状態。
生きてていいと思える状態。
安定したメンタル。

ずっと憧れ続けている自立は、今のところ実現できそうにない。
お金を稼ぐほどの体調ではない、そして自分のことは嫌いだ。
自立のために何から手をつけたらいいのか、それもわからない。
体力づくり?就労支援のようなところに通う?精神の安定?……

ここ数年、色々なことが空回りしている。
何かをやってみてもすぐ挫折する。
体調は季節で変化し、できていたことができなくなったりする。
それの繰り返しで、嫌になってしまった。

すぐ死ぬような勇気はないから、きっとほどほどに長生きするのだろう。
そうなるとやはりついてくるのは「自立」というテーマだ。
自力で生きている実感、というのを持てる日がいつかくるのだろうか、それともこないだろうか。

今はただ、生かされているだけ。

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