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◆怖い体験 備忘録/第28話 本当の弔いとは③

ここまでは、亡くなった父を事故現場までお迎えに行こう、となるまでの経緯をお話してきましたが、このお話は今回で完結となります。
どうぞ、もう少しだけお付き合いくださいね。
ちなみに、前記事はコチラになります⏬⏬

さて、父を事故現場までお迎えに行くことになりましたが、端的に『お迎えに行く』と言っても、ただ行って帰ってくればよい、というわけではありませんでした。
先生はまず「おれは車の運転ができないからな、迎えにきてくれよ」と前置きした上で「あんたの家に、白い杖はあるかい?」と仰られました。
しかしある意味当然のことながら、まだ若かったわたしたちの家に杖などあろう筈もありません。
すると先生は ふむ、と少し考えたあと、奥から木刀に似た木の棒を出してきて「これにしっかり包帯を巻きなさい。隙間のないように、全体にな」と仰いました。
そして、それを仏壇の横に七日七晩置くように、と続けます。
更に、わたしたちは当日、お花とお菓子と、少し細長く成形した3段積みのお団子、龍神様に捧げるための卵を用意するよう言われました。
これで準備は完了です。

そこから、現場に行くまでのあいだ、先生は毎日うちに来てくださり(もちろんわたしたちがお迎えに上がるのですが笑)、毎日お経を上げてくださいました。

この時に知ったことなのですが、Y先生は天台宗?という宗派でもかなりの修行を経た位の高いお坊さんだったようです。
わたしはあまり詳しくないのでよく解らないのですが、誰だったか…とにかく誰かにY先生にお世話になっているというお話をしたら「あぁ、山伏の先生だろ」と言われたことがありました。
山伏というと、修験道を修めて里山のあちこちを周り、不思議な術で悪霊や死者の魂を調伏・鎮魂して歩く、みたいなイメージしかありません。(てか今思えばこれ、何の漫画やアニメのイメージなんだろ…?)
しかし、当日初めて先生が正装みたいな装束を身に着けた姿を拝見すると、それはまさにわたしがイメージしていた山伏と似通ったお姿なのでした。
あの、ポンポンと丸い綿みたいなものが胸元についた肩までの袈裟?みたいなものを羽織って、下には白いお着物を着て、足元は脚絆?みたいなものを履いて、頭には小さな帽子を乗せた……あれだ。牛若丸の昔話に出てきた天狗様に似た格好。
ともあれ、正装の先生を乗せ、わたしたちは家族総出で現場まで向かいました。

当日は、朝からバケツをひっくり返したような雨。
父の現場はかなりの山奥にあり、そこに着くまでにはだいぶ雨は静まっていましたが、それでもかなりの降りだったため、まだ小さかった甥っ子と妹は車で待機しながら手を合わせるということになりました。

現場には、先生が積んでくるように仰った文机のような台や白布で、小さな祭壇が築かれました。
父の遺影も持ってったような…どうだったかなあ。
何しろ持ってくるよう言われたお供えやお花、そしてあの包帯をぐるぐる巻きにした白い杖を祭壇に置いて、力強い響きを持った先生の読経が開始されました。

かれこれ1時間くらいだったでしょうか。
読経が終わり、先生が『はい、これで大丈夫だぞ』と仰った時、本当に映画みたいに雲の間から光が差し込んできて、みるみるうちに空が明るくなってきました。
先生は父さんが召されてしまった現場の方に白い杖をかかげながら、力強くも優しいお声で「さ、もう大丈夫だぞ。これに着いておいで。一緒に帰ろう」と、父に向かって語りかけました。
そしてわたしたちに向き直り、
「さて、いいかい。ここからはあんたたちは、車が次の曲がり角に行くまで絶対に口を開いて言葉を発しちゃならんぞ。そして後ろも絶対に振り向いちゃダメだ。いいか。チビちゃんもだぞ」
と、仰いました。
わたしは、あの有名な古事記の【黄泉比良坂】のお話を思い出していました。
イザナギがイザナミとの約束を破り、後ろを振り向いてイザナミの姿を見てしまったら、世にも恐ろしい変わり果てた姿のイザナミが激怒しながら追いかけてきた、というあれ。
その時にはすっかり雨が上がったために車から降りてお参りに参列していた妹も当然このお話を知っていたのでしょう。
少し青ざめた顔で甥っ子の口にそっと手を当て、こくこくと頷きました。

かくして、わたしたちは帰りの車に乗り込みました。
先生は白い杖をかかげて父を誘導するようにしたまま、助手席に乗ります。
やがて走り始めた車が最初の曲がり角を曲がってしばらくした頃、先生は「ハイ、もういいよ」と仰いました。
全員でやっとホッとして、ぷはー!と息を吐いたのを覚えています。

その後、家に着いた先生は白い杖を一度お仏壇の方へ向け、何事がごにょごにょと唱えられたあと、改めてまたお経をあげられました。
はい、これでもう大丈夫。父さんはちゃんと帰ってきたよ、と言われた時は、とめどなく涙が流れてきました。

おかえり、父さん。

本当に、そんな気持ちだったのです。

それからは、ぴったりと危険な出来事や事故の前兆のようなものがわたしたちの身に起きることはなくなりました。
ただ、不思議な出来事はまだ少し続きます。

先生とは、それからしばらくのあいだお付き合いが続きましたが、そのお話は、また改めて他日。

今回は、このマガジンで最初で最後の長い3部構成にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

それでは、このたびはこの辺で。


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