マドリードの陰謀 3
「さようでございます。そもそも母君が、父君フアン二世のもとに嫁がれた背景には、当初からアルヴァロ・デ・ルナの暗躍がございました」
「暗躍?」
「はい。ご存知の通り、1406年、お祖父様エンリケ3世の薨去に伴い、父君はわずか一歳で王位におつきになり、その後長きにわたってその叔父君にあたるフェルナンド様と母堂カタリナ様が摂政を勤めておられました」
「ええ、母上からも聞かされたことがあります。フェルナンド様は、その後1412年のカスペの妥協でアラゴン王として即位なさったけれど、引き続きご子息たちとともに父上に圧力をかけて支配しようとされたとか」
「その通りでございます。それに対して、フアン二世はご自身で対抗できるだけの力はおもちではなかった。けれど、1418年に母堂がお亡くなりになると、それまで右腕と頼んでいたアルヴァロ・デ・ルナを重用して大幅な権力を付与なさった。お父上は既に13歳におなりでしたが、当時たしか30歳ちょっとのルナに対して、周りが気味悪がるほど従順で、お父上はルナに黒魔術をかけられているのではという噂がたったほどだそうです」
「たしかに、アルヴァロという人物には、どこか不気味な雰囲気がつきまとっていたようですね。だからこそ、母もその亡霊に…」
「さようでございます。いかつい容貌で、腕力も強く、いったん立腹すると手が付けられないほど獰猛になる殿方でしたが、普段でも何を企んでいるのやらわからない、底知れぬ暗い目をしておりました」
「父上の先妻のドナ・マリア様がお亡くなりになったのは、実はその男に毒殺されたのではないかとの噂もあったそうですね。母上は常々『そうだったに違いない』とおっしゃっていましたが…」
「私もそう思います。ただ、あの当時の状況としては、それもやむをえないことであったという面は否めませぬ。と申しますのも、母堂が亡くなられた同じ年にフアン二世は九歳年上のマリア・デ・アラゴン、すなわちフェルナンド様のお姫様と、ほぼ強制的に結婚させられたばかりか、アラゴンの王子たちと呼ばれたその兄弟にも、操り人形のように振り回され続けていたからでございます」
「アルヴァロとしては、マリアを暗殺することで、その操り人形の糸の一本を切る腹でしたのね」
「おお、我が姫君!」侍女ベニータは両手を大きく広げて天井を仰ぐ。「それでこそ、ポルトガルとカスティージャ双方の王家の血を引く王女様! よくぞここまで成長なさって…。かくも冷静にして賢明な洞察力をお持ちになっているとは、想像もしておりませんでした」
「なにを大げさな…」イサベルは苦笑まじりに片手を振る。「私も、まだ十一歳とはいえ、もう子供ではありませぬ。幼いころから政争と戦に明け暮れる社会の隅でじっと耐えてきましたが、それというのも、いずれは弟のアルフォンソの後ろ盾となって邦民を治める助けになればと思ってのこと。大人たちは私をただの子供と思って、油断して傍でいろいろと噂や秘密を囁きあっておりましたが、それを私は注意深く聞いて頭に叩き込んできたのです」
「素晴らしい! そこまでお考えでしたか。では、母君とアルヴァロとの確執についても?」
「すべてとは思いませんが、ある程度は…」
「もともとフアン二世が四十三歳のとき、後妻として二十一歳のポルトガル王女イザベル様を娶ることになったのは、アルヴァロの画策によるものでした。これはご存知ですね?」
「ええ、母自身も十分存じていたようです」
「ただ、彼には大きな誤算があった」
「誤算?」
「はい。まず、母君は相手が誰であれ、その言いなりになるような弱々しい女性ではあらせられなかった。なのに、アルヴァロ奴は何をどう勘違いしていたのか、母君と父君との夜の…ああ、すみません」
「気にしなくてよい」イサベルは静かに微笑みながらうなずく。「心得ていますから。アルヴァロとしては、アラゴンの息のかかったエンリケに対して、ポルトガル王家の力添えを得て独立した支配力をもてる王子の誕生をと願ってのことだったのだと思います。そして、現実に私、そしてアルフォンソと相次いで世継ぎがねが生まれたのですね。ただ、母上にしてみれば、臣下の者が国王である夫と王妃であるご自身とを思いのままに操ろうとする厚かましさに我慢がならなかった…」
映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。