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ジェンダーとメンタルヘルスのこと~ハンドメイズテイルの考察〜【#7】

フレッドから見えるジェンダーとメンタルヘルス

前回の記事でゆうきさんは、ハンドメイズテイル(侍女の物語)で強烈なインパクトを持つリディア叔母の視点を通じて、彼女の心の揺れ動きと、正義の名の下、彼女を暴力に突き動かす力を与えてしまうギリアド(全体主義&家父長制)社会の、暴力の構造を洞察してくださいました。

ゆうきさんのリディア叔母の考察で印象的だったのが、リディアが抱えるスプリッティング(聖母と娼婦コンプレックス:善悪の極端な分離と悪への排除意識)は何の影響を受けて彼女に内在されていったのか、その背景にある全体主義&家父長制社会で求められる男性性・女性性などジェンダーの二局的価値観が内包する加害性についての指摘でした。

このテーマから関連して思い浮かんだキャラクターが、フレッド。彼もまた、リディアと同様、二極化したジェンダー価値観を強く内在したキャラであり、ギリアド建国を経て変化していく彼の様子を辿ることで、ジェンダーを巡る社会構造の問題点が浮き彫りになってきます。

そこで今回の記事では、シーズン4のクライマックスで衝撃的な結末を迎えたフレッド・ウォーターフォードを軸に、ジェンダーとメンタルヘルスについてを話してみたいと思います。

フレッドの住む世界:物語の始まりはクーデターから

ハンドメイズテイルの舞台となるギリアド共和国。その元々の姿は、環境汚染が進み少子化が加速した近未来のアメリカ合衆国でした。

人々の不安も高まる情勢不安の中、アメリカ合衆国の首都ワシントン・DCでキリスト原理主義系グループによるクーデターが勃発。理屈抜きの暴力で略奪されたアメリカ政府、それが、ギリアド共和国の始まりです。

環境汚染につながる化学薬品の使用や現代的で個人の自由が優先される資本主義的生活をやめて、質素でオーガニックな禁欲的な生活を実現することから環境改善と出生率の増加を目指そうとするギリアド共和国は、そのモデルに、テクノロジーが発達する以前の伝統的な完全自給自足型の生活、全体主義的システムを選びます。しかし実際は、権力と支配を好む軍国主義政治による、植民地支配に近い上下関係の大きい身分制度と恐怖を利用した統治が待っているのでした。

フレッド・ウォーターフォード

フレッド・ウォーターフォードは、主人公ジューン(ハンドメイド)が派遣された先の司令官。ハンドメイドの過酷な境遇を描写するのに欠かせないキー人物として第一話から登場します。

ギリアド共和国において特権身分であるフレッドは、上階層レベルの社会的地位にあり、政府機関で働く要人。豪邸に住み、家には、セリーナ・ジョイという名の妻の他に、マーサと呼ばれる家政婦達を数名抱えています。子供を望む彼ら夫妻のために、ハンドメイドであるジューンが当てがわれるところから物語は進んでいきます。

ちなみに、ギリアド共和国建国以前の彼は、右寄り・キリスト原理主義系の非営利団体などを顧客としたマーケティングエージェンシーをしていたようで、クーデターを企てるギリアド前身となる『ヤコブの息子たち』というキリスト原理主義系の政治団体に所属していました。ギリアド建国を訴えるキャンペーンにおいて妻セリーナが反対派に襲撃された出来事から彼はより一層ギリアドの精神に傾倒し、反対者への制裁に気持ちが向く、極端な考え方の持ち主です。

物語の一番の悪役として描かれるフレッド

ハンドメイズテイルにおいて、フレッドは、主人公ジューンの直接の性加害者でもあり、ギリアド共和国における社会構造の悪を象徴したような存在でもあります。彼を通じて、ギリアド共和国の特権者(加害者)達がどのような意図でこの社会構造システムを作っていったのか、そのカラクリが、政府発足に関わるフレッドの回想や他の司令官とのやりとりから、そして、彼と妻セリーナとの関係性やハンドメイドのジューンに抱く歪んだ認知による擬似恋愛的関係性から、理解していくことができます。

特に、フレッドの描写で興味深いのは、ギリアド建国前の彼は、妻セリーナの社会的成功を積極的にサポートする愛妻家であったことです。女性の躍進が進むアメリカや欧米諸国でよく見られる女性に理解のあるアライ的男性、そんな彼が、家父長制社会の構造の枠組みの中で変わっていく様子。そこには何があるのか、フレッドに起こった変化を数段階に分けて、彼の心理を分析していきたいと思います。

劇的に変わったフレッドの環境:ホモソーシャルな世界

フレッドに最初に影響を与えたのはなんと言っても環境の変化でしょう。

ギリアド共和国の推進する父権社会では、ジェンダーを二極化した考え方、「女らしさ」「男らしさ」といった価値観が強く信じられ、それを基準に社会が成立しています。

ギリアド共和国で政府の要職につくフレッドは、ギリアド建国を機に、同じく要職に就く男性司令官たちと大部分の時間を一緒に過ごすようになります。重要職に一切女性が含まれない彼の世界はほぼヘテロセクシャル(異性愛者)なシスジェンダー(性自認が身体的性と一致した)男性一色。圧倒的な権力も持つ彼らは女性がいないのを良いことに何でもかんでも言いたい放題、そこにはポリコレも何も存在しません。フレッドのいるこの世界は、まさにホモソーシャルの環境。

話すことといえば、誰に子供が何人いるかであったり、昇進話であったり、娼館での夜遊びであったり、権力とステータス、プライドが話題の種になるような世界。この世界にどっぷり浸かるうちに、フレッドは、最初は妻に感じていた罪悪感も、他人への思いやりも、徐々に無くしていきます。

ちなみに、フレッドはハンドメイズの仕組み作りにも携わっている場面もあります。その時の回想では、「夫が妻以外の女性と性行為をすると妻からの反感があるのでは?」という懸念の声に対して、「じゃあ妻も参加させて儀式風にしてしまおう!」といった軽いノリの会話が繰り広げられます。ハンドメイズのシステムは、ホモソーシャルな環境で、女性の気持ちなど一切考えない、女性をモノ化したアイデアから生まれたコンセプトなのでした。

有害な男性性を可視化するマン・ボックスとは?そもそも、有害さはどこから来るのか?

このホモソーシャルな世界は、家父長制社会の中でとても重要な意味を持ちます。

ゆうきさんのリディアの記事であったように、ジェンダー二極化の社会では、女性を「聖母」や「娼婦」などとカテゴリ化しようとするのと同じで、「男らしさ」にもある一定の基準に基づいたステレオタイプが存在しています。それは、例えば、「男なんだから泣くな」とか「男だから〇〇ができて当然」といった男性だからこそ求められるある種の男らしさへの期待。しかしこのように社会の中で当たり前のように期待されているジェンダー観、そして、それを凝縮した存在であるホモソーシャルの世界は、上記のハンドメイズ成立秘話にもあるように、大きな加害性を持つ可能性を秘めているのです。

コミュニティオーガナイザーであるジェフ・ペレラの提供するワークショップでは、ジェンダーステレオタイプの加害性を可視化する試みに、社会に内在された男性性(マスキュリニティ)のイメージを表す概念としてマン・ボックスを紹介しています。

そこでは、彼は、黒板に四角いボックスを書いて、その中に、いわゆる『男らしさ』を連想させるキーワードやステレオタイプを書いていきます…タフ、強い、大黒柱、プレイボーイ、勇敢などがその良い例でしょう。そして、ボックスの外には、『男らしさ』の基準を満たさないイメージの言葉、例えば、弱虫、優しい、女々しい、マザコン、オカマ、などを書いていくのです。

このように、ボックスの内と外に存在するステレオタイプを比較すると、「男なんだから『女のように』泣くな」であったり、「男なんだから『女には出来ない』〇〇ができて当然」といった、男性の対極にあたる『女性』への価値観が内在された比較が入っていることに気がつくでしょう。

これはつまり、男らしさを実現するには、男性性を強調し女性性を排除した価値観が必要になってくるということです。ホモソーシャルな環境では、男性性のイメージを強く持つ者同士での同属意識が強まり、その反動で、女らしさを感じさせる服装や仕草を極端に嫌ったり、排除したり、女性への軽蔑や加害暴力を肯定したり、といった上下関係の意識や性差別化がより顕著になっていきます。その延長に、ゲイやクィアへの排他や暴力の肯定も起きてきます。また、力の誇示が強くなるこの環境では、競争が加熱し優劣比較や上下関係も見受けられ、その社会を生きる男性自体にも大きなストレスやプレッシャー、感情処理の難しさなどのネガティブな心的影響を与えていきます。有害な男性性(toxic masculinity)と説明されるこのような男性価値観がホモソーシャル環境には見受けられることが、このマン・ボックスが可視化する加害性なのです。

フレッドの内面に起きた変化:有害な男性性が作りだすナルシスト傾向

フレッドの話に戻りましょう。

ホモソーシャルな環境に置かれたフレッドは、マン・ボックスの内側にある『男性のイメージ』に沿った生き方を求められるようになります。

それは、現実の自己を生きるのではなく、社会が求める理想の自己(男性に持たれている理想像)を生きてこそ、初めて承認が得られる世界。マン・ボックスの外側にある特徴があろうものなら、それは一気に他者からの拒絶や、所属先からの排除へと繋がっていきます。このような精神的状況は、極度に二極化された自分像(理想の自己と、排除の対象になる無能的自己)が起きてしまうスプリッティングと呼ばれるもの。

リディア叔母の記事でゆうきさんが指摘していた“聖母(善)”と“娼婦(悪)”の二極化と同じように、フレッドにも、“理想の自己”と排除の対象となる“無能的自己”の二極化された価値観が内在されていくのです。

この感覚は、ナルシスト傾向のある人の心理にとても似ており、この傾向を持つ人は、完璧で無い自分や、弱さがある自分を受け入れることがなかなか出来ない性質を持ちます。というのも、彼らに、その弱さのある自分を受け入れてくれる環境が無い(かった)から。そのため、無能的な自分の姿をどこかで感じるような感覚であると、無能な自己を庇うように理想の自分のイメージを演じることで見栄を張ったり誇張したりする、そのような防御機能を働かせてしまうのです。

一般的に、幼少期の保護者との関係によってこのような人格が構築されることが知られていますが、ゆうきさんの全体主義国家の指摘にもあるように、極度なスプリッティングが内在された社会では、そこに生きる個人にも同じ考えが起きていく可能性が指摘できるでしょう。

フレッドは、マン・ボックスの外側にはみ出ることをとても恐れています。そして、それは、物語の随所に出てくる、ハンドメイドとの間になかなか子供が出来ない彼へ持たれている「子種が無いのでは?」という懸念に直結しています。家父長制社会では、男性が何がなんでも優位ですので男性の不妊の可能性について触れられることは一切ありません。しかしながら、それを陰で恐れている男性は多いのです。フレッドは、この懸念を補填するかのように、妻やハンドメイドなど女性達に対して自己顕示を強めていきます。

妻とハンドメイドに揺れるフレッド

フレッドの妻セリーナは、自立心があってとても意志の強い女性。信仰深さもありギリアドの教えに従うものの、ハンドメイドを従えるフレッドに対して複雑な気持ちを抱いています。

もともとは対等な関係だったものの、ホモソーシャルな社会性を盾にどんどん傲慢になっていくフレッドに対して、まるで裸の王様を見るかのように軽蔑の眼差しがあることも然り。徐々に冷めていく夫婦の関係を感じてか、フレッドは、ハンドメイドのジューンに擬似恋愛感情を抱いていきます。

夫婦の間で感じられない愛情を自分のために都合良く存在するハンドメイドに求めていく…、聖母・娼婦両者の側面を持つハンドメイズは彼にとってファンタジーの宝庫だったのかもしれません。自分の満たされない何かを満たしてくれそうな相手を見つけ、そこに生まれる満足感をまるで自分への評価であるかのように都合よく解釈して自己イメージに取り込んでいくこと。これは、自己愛性パーソナリティ障害などの研究で知られる自己対象転移と呼ばれる現象に当てはまります。

ジューンに対して持つ絶対的な権力をうまく利用しながら、時には強気に、時には弱々しく甘える風を装うなど、相手から欲しい反応を得られるよう巧みにマニピュレート(操作)しながらジューンに接していきます。ちなみにこれは全て無意識のうちに起きていることであり、フレッド本人自身も自分がジューンに対して何をしているのか全く気づいていない可能性があります。

主人に従うしかない奴隷身分のハンドメイドのジューンにとって、贈り物を貰えば喜ぶフリをするしかないし、弱音を吐かれれば励ますしかない。彼女にフレッドの振る舞いを拒絶する術は一切ありません。しかし、フレッドは、二人の間にある絶対的な主従関係を忘れて、徐々にジューンと相思相愛の恋愛関係に陥っていると勘違いしていくのです。それがもう、なんとも気持ち悪い…!!

両者の間に力の差がある主従関係の中で起きているこのような現象は、何もフィクションの物語に限らず、現実社会でも至る所に起きています。性暴力の事件で、加害者と被害者の言い分が大きく異なる出来事があるのも、その例でしょう。

ホモソーシャル社会の洗礼を受けたセリーナ

こんな状況があったのもあり、少しずつ互いを理解し結託をしていくセリーナとジューン。

もともと文筆家だったセリーナは、ハンドメイドのジューンと共に女性の権利に関する誓願書を書いていきます。しかしギリアドでは、女性が本を読むことも、文章を書くことも禁止されているのです。

この彼女の行動が審議にかけられた際、フレッドは彼女の味方になるどころか男性司令官達と共に彼女を罰します。これは、女性が男性の権威に歯向かったために起きた暴力の瞬間でした。もしかしたらフレッドは、彼女が社会進出するのを心のどこかで羨んでいた部分があったのかもしれません。そんなインセキュアさや彼女に感じるコンプレックスを補填するように、セリーナにここでもかと制裁を加えるフレッド。

そもそも、なぜ、ギリアドでは女性の教育の場が奪われているのか。その理由を考えれば、セリーナのしたことは、社会の秩序を覆す可能性を秘めた大変危険な行為だったのは一目瞭然です。

罰として小指を切り落とされたセリーナは、フレッドやギリアド社会ではなく、この怒りの矛先を彼女よりも立場の弱いジューンに向けていきます。これもまた、家父長制社会の恐ろしさ、特権層の男性に向けられるはずの不満が女性同士を対立させることで制度を維持させようとする暴力の構造に繋がっていきます(シーズン5は、この二人の戦いが激しくなる予感がします。)

哀れなフレッド、でも、役者さんにあっぱれ!

ここまで読んで、フレッドの酷い人間性にうんざりの読者の方も多いでしょう。でも、大丈夫。

フレッドには、彼のしてきたことを総括し本人に跳ね返すようなびっくりなフィナーレが待っています。それに関しては、ネタバレになるのでここでは話しませんが、彼のキャラクターは人間の弱さと社会構造の悪を如実に表す象徴的キャラクターだったように思います。

最低なキャラだなと思いながらドラマを観ていたわたしですが、フレッドというキャラクターが見せるこのナルシスト性の生まれ方、ちょっとした優しさ、エゴや傲慢さ、インセキュアな弱さを兼ね備えた部分がチラチラ見えてくる様子など、彼の気持ちの揺れ動きがあんなにリアルに再現されていたことに、役者さんの演技には拍手喝采です。シーズン4の最後を見終わって、思わずフレッド役のジョセフ・ファインズにスタンディングオベーションしたくなったのは、決してわたしだけではないでしょう。

バトンタッチ

今回の記事では、ギリアドという国、家父長制社会の中で、一個人がどう変化を迎えていくのかをピックアップしてみました。徐々に変化していったフレッドが、セリーナとの関係を変えていったように、個人の内面に起きている変容は、徐々に他者を巻き込んで変化をもたらし、その関係性が、また別の誰かを変化させる…、まるで水紋のように広がっていきます。

ハンドメイズテイルは、驚くほど登場人物の多いテレビドラマ。色々なキャラクターが、それぞれの立場から互いに影響を与え、与えられながら物語が進んでいきます。

そこで、次はゆうきさんに、このギリアド社会の中で展開される、キャラクター同士の関わり合いや、彼らの関係性から見えてくることなど、どのように個人が、他者が、環境が相互作用しながらドラマを作っているのか。そしてその背景には、どのような心理現象や社会構造が関わっているのか。ゆうきさんが気になっているハンドメイズテイルの中にあるリレーションシップに関する分析を聞いてみたい!と次のバトンを繋げます。

参考:
・Hulu ハンドメイズテイル シーズン1〜4
・チェ・スンボム(2022) 私は男でフェミニストです 世界思想社
・レイチェル・ギーザ(2019) ボーイズ:男の子はなぜ「男らしく」育つのか DU BOOKS
・Johnson, S.M. (1994). Character styles. W.W.Norton & Company, Inc. New York: NY.

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