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I'm not alone.⑥最終章

 前回はこちら。


 古びた鉄格子の扉を開け地下壕の中に入ると、最初はなだらかな下り坂がつづき、降りきると道が平坦になる。
 そのまましばらく進み、ひとつ角を曲がると、俺は驚愕した。

 一本道ではあるものの、いったいこの道がどこまで続いているのかが計り知れないほどの巨大な空間が、そこには広がっていた。

 巨大とはいえ「地下壕」という言葉の響きから、せいぜい街中にあるちょっとした公園くらいの規模だろうと想像していたので、その広大さにぶったまげてしまった。
 入口のじいさんからもらったパンフレットを慌てて開き、地下壕の略図を確認したところ、その場所が、俺の想像をはるかに超える、大規模な地下迷宮であることを認識した。

パンフレットより抜粋。
なお、このパンフは以下の長野市のHPからDLできる。

 ここに来る前にいつき氏から聞いていた話―軍部と皇居の機能をここに移転するつもりだったということを思い出すと、その半端ない規模感にも頷けるというものだが、それにしても…である。

 この地下壕の工事には多くの日本人・朝鮮人の労働者が駆り出され、少なからず犠牲者も出ている。
 また、完成を見ずに終戦を迎える―つまり、これだけのものを作っておきながら、実際に運用されることはなかったわけだ。
 言葉を選ばずに言えば、あまりに馬鹿げている。

見学ルートに交差する通路にカメラを向ける筆者。(撮影:いつき氏)

 上図のとおり、見学できる範囲は限定されているが、それでもかなりの距離があった。
 ゆっくり行って帰って、だいたい40分くらいだったろうか。

 外に出て、隣接した資料館に行く。
 入口に掲示された開館時間を見ると、16時まで―あと5分ほどで閉館という状況だった。
 あきらめかけていると中から小柄なおばさんが現れ、16時半まで開いてますよと我々を招き入れてくれた。
 気になることがたくさんあったから、とてもありがたかった。

 地下壕の巨大さに対し、その資料館はあまりにこじんまりとしていた。
 最初は各自で気になる展示に見入っていたが、やがて受付のおばさんが慣れた調子で―しかし非常に熱っぽくいろんな話をしてくれたので、それをふたりで聞いた。

 帰り際に、何か参考文献になるようなものはないだろうかと見渡すと、受付のそばの棚に、戦争関連の書籍(なぜかすべて古本)が並んでいたので、目に付いた新書を買った。

 旧日本軍の狂気を身をもって感じられる、非常に重要な施設だと思った。
 この事実を知らないでいたことに、恥ずかしさを禁じ得なかった。

 かなり強烈な感情の揺さぶりのあった機会だったが、理路整然と語りきることはとてもできず、稚拙な感情論と、事実だけを羅列するような書き方になってしまったことをお許しいただきたい。

 資料館をあとにするとき、お友だちを連れてまた来てくださいね、とおばさんは言った。
 必ずまた来ます、と俺は応えた。

*

 地下壕と資料館の見学を終えて、時刻は16時半すぎ―少し早いが、夕飯を食いに行くことにした。
 長野市内の、いつき氏推薦のラーメン屋へ。

 オススメは塩ラーメンとのこと。
 なんとなく自らすすんで塩ラーメンを食うことがあまりなかったが、ちょっと自分でも塩を開拓してみるかと思わされるくらい、美味いラーメンだった。
 その土地の名物もいいけど、気になる人がふだん好んで食ってるものの方が、よっぽど興味深い。

 余談だが、この翌日に拙作のMVを作ってくれたこともあるずーきん氏ともラーメンを食ったのだが、彼女のオススメもまた塩ラーメンであった。
 まさか二夜連続で塩ラーメンを布教されることになるとは。

*

 食後、車はその日の朝、彼と落ち合った場所に向かっていた。
 あたりはすっかり宵闇に満ち、雨も降り、千曲川も朝に訪れた時とはかなり違った印象で目に映った。
 むろん、夜や雨のせいのみならず、丸一日経て大いに変容した自分の心情を色濃く投影していたからだと思う。

 いよいよ別れの時かと思われたが、どちらからともなく、なんとなく名残惜しいねぇ…という流れで喫茶店に入り、その日の振り返り的な話をした。

 そこまで多くの場所を訪れたわけではないけれど、持ち帰った思い出やら感慨は、とても自分ひとりでは消化しきれないほど豊かなものだった。
 移動時間も結構あったし、その間ずっと何かを話していたわけだけど、この期に及んでまだもうちょっと話をしていたいという気持ち―それを彼との旅の終わりに共有出来たことが、なによりの収穫だった。

 喫茶店を出ると、雨が本降りになっていた。
 俺の車がある場所まで戻ると、傘を差しながらそこでもちょいと立ち話。
 最後の話題は、川の向こうに灯るラブホのネオンサインについてだったように思う。

 21時。
 別れを告げ、自分の車に乗り込み、いつき氏が帰っていくのを見送った。
 俺はその日の宿を決めていなかったのでしばしアタマを巡らせたが、結論の出ぬまま、その場を離れることにした。

 冒頭に書いたように、YouTubeで怪談を聞きながら運転するのがこのごろの常であったが、その晩はどうもそんな気にならず、車内は無音のまま、俺は次なる目的地―東京に向けて、車を出した。


 文中でも触れたけど、この翌日は東京で、友人の演奏会に行ったり、人と会ったりしたわけで、そこまで含めて書こうと思ってたんだけど、今回はこの長野編でいったんおしまい。

 この長野編にしても、出来事や感じたことを予め列挙した時点で書き切れるかめちゃくちゃ不安だったけど、なんとかまとめることができてホッとしています。

 今シーズン(?)の旅も、おそらくこれで終わり。
 次はいつ行けるだろうか。春かな。

 ここまで読んでくれた奇特な読者、そしていつき氏に、心より感謝します。

 それではさようなり。

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