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[作品を体験すること、視点が変わること]

前回のブログ[鑑賞者フレンドリーな展覧会って?]では、アート鑑賞をする“場”である「美術館で鑑賞すること」について考えてみました。また、急遽オンライン上で開催しました[おとなのためのアート鑑賞力筋トレ・ワークショップ ONLINE〜入門編]では、作品をじっくり観察し、作品から感じたこと、考えたことを他の方と共有することで、作品を“みる”ことは何かを皆さんとあらためて考える機会となりました(ご参加くださいました皆様、ありがとうございました!)。

今回のブログでは、“作品をみる”という一つの感覚でだけでなく、特に現代アートの作品に多い“作品を体験する”ことについて考えたいと思います。

作品に入る、触れる

作品を体験するというのは、作品にわたしたちの身を投じ、五感を使って作品を感じることでもあります。アートが設置される場所は美術館だけでなく、民家に、町に、山や海など自然に設置されることもあります。または、わたしたちが制作に加わったり、作品の中に入ったり触れたりすることで成立する作品もあります。

ひとつ例に挙げると、金沢21世紀美術館地中美術館にも作品が常設されている、アメリカの現代アーティスト、ジェームズ・タレル。タレルの代表作のひとつである通称「タレル部屋」(金沢21世紀美術館では『ブルー・プラネット・スカイ』、地中美術館では『オープン・スカイ』という名前が正式名称です)は、天井が正方形に切り抜かれ、その先に空がみえる、部屋そのものが作品となっています。切り抜かれた天井の枠には厚みがなく、まるで天井と空とがひとつながりになっているように感じられます。

空は、何もそのような空間でなくても、見上げればどこでもみえるものではあります。ただ作品であるその部屋に入り、部屋に設置されたベンチに座り空を見上げると、厚みのない天井のフレームの効果からか、空をみることそのものに集中できるような感覚になります。

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私自身この作品を各地の美術館で体験していますが、上空に広がるものは空そのものに変わりはないものの、その時々のシチュエーションで感じる思いは全く異なります。一人でみる時は、移り行く空の色の変化をただただ眺めるだけでなく、その時の悩みごとや考えごとについて思い巡らしたりすることも多くありました。

複数で同時に体験をシェアする

他者とこの作品を体験したのは、金沢21世紀美術館で参加した関連ワークショップでした。このワークショップは実際に『ブルー・プラネット・スカイ』の作品内で開催され、参加者は3名1グループとなり、グループでこの作品から感じたことをひとつの俳句にしたためました。同じ場所で同じ空をみているはずなのに、感じ方や言葉の表し方が人とは違うことに気づいたり、それぞれ異なった感覚から生み出された言葉をひとつの俳句にすることで、なんとなくその感覚がまとまった印象がありました。これは一人でみる時には得られない作品体験でした。

また、ニューヨークにあるMoMA PS1という学校をリノベーションした美術館にも『Meeting』という「タレル部屋」があるのですが、そこで作品を体験した時はちょうど夏の夜間開館時でした。この日は館全体でイベントも行われていたため、入場者も多く、タレル作品の部屋にも多くの人が集っていました。ベンチに座りきれず床に寝転がる人も多く、さながら雑魚寝状態の密な空間になっていました。部屋に入った当初、皆さんひそひそ声で夜の星空をただ見上げていたのですが、ちょうど上空を飛行機が通過した時、「わおーっ」といった歓声と拍手が沸き起こりました。誰かが合図して歓声をあげたり、拍手をした訳ではありません。空間を共有する一体感が、そのような行動を引き起こしたのかもしれません。これも一人だけの鑑賞では味わえない作品体験でした。

体験するー五感を研ぎ澄ますこと、視点が変わること

「体験」というのは人それぞれとらえる感覚は違いますし、同じ人が体験しても時や場所によってその感覚も異なります。作品を体験する、ということは、自分の五感をフル回転してその感覚を研ぎ澄ますことでもあるように思えるのです。感覚が研ぎ澄まされれば、物事をみる視点が変わり、もしかしたら日常に変化も起こるかもしれません。

物事をみる視点が変わる、といえば、アートハッコウショが間借りをしている「Art and Syrup plus」では、先月6月20日・21日に参加型作品の展覧会『Roadside Picnic at summer solstice』が開催されました。横浜を拠点に活動するアーティスト、細淵太麻紀さんが会場にある本棚をカメラ・オブスキュラに転換し、参加者は一人ずつそのカメラの中に入って映し出されたものをみるという、体験そのものが作品化した展覧会です。

カメラの中は黒い布に覆われ真っ暗闇ですが、しばらくそのカメラの中にいると、布のわずか隙間に設けられた小さな穴から外界の風景が上下逆転してみえてきます。本当は最初から外界の風景はカメラ内に映し出されているのですが、急に光が閉ざされた人間の目は、暗闇に慣れるまでに時間がかかります。みえてくるまでの時間差はひとそれぞれでしたが、みえてきた瞬間に、でしょうか、「おお!みえてきた」という声がカメラの中から聞こえてきました。

この作品はカメラの原理を体験できる作品です。今や携帯電話にもカメラ機能が標準装備され、誰もが当たり前のようにカメラを使っていますが、そのカメラがどのように発明されたのか、作品を体験することであらためて理解することができます。

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写真上/『Roadside Picnic at Summer Solstice』展の会場風景
写真下/「Art and Syrup plus」に設置されたカメラ・オブスキュラで撮影さた細淵さんの写真

実際に上下逆転した外界の風景が暗闇から徐々に表れる体験自体もまたしかり、あらためて人間の視覚の働きやカメラの構造そのものに目を向けること、この意識の変化もひとつの“物事をみる視点が変わった”瞬間のあらわれではないでしょうか。

そんな五感を使って作品を体験することのできる現代アートの祭典、『ヨコハマトリエンナーレ2020』が2020年7月17日~10月11日に横浜美術館および周辺会場で開催されます。また上記でご紹介した細淵さんはじめ、今現在活動中のアーティストの作品と制作場所もあわせてみることのできる、『BankART AIR at Temporary OPEN STUDIO 2020』が同じく横浜・馬車道周辺のBankART Temporaryで7月23日~26日、7月31日~8月2日に行われます。

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どちらもこの新型コロナウィルス感染対策の状況下で、入場等に条件や規制がありますが、作品を体験すること、視点が変わることをこの機に体験してみませんか?

アートハッコウショ
ディレクター/ツナグ係 高橋紀子

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