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[鑑賞者フレンドリーな展覧会って?]

さて、6月に入り、全国の美術館が再開し始めました。エントランスでの検温や手指消毒、展示室内での三密回避の呼びかけをはじめ、今までの美術館とは様相が多少異なります。とはいえ、わたしたちアートファンにとっては、やっと日常が戻ってきた感じがします。
ということで、今日はアート鑑賞をする“場”である「美術館で鑑賞すること」について、展覧会の実例を通じて考えてみたいと思います。

6月12日現在、東京アラートも解除され、新型コロナウィルスの感染拡大は終息の兆しとも言われています。しかし、現在も医療従事者の方々は最前線でウィルスとの戦いを続けてくださっています。彼ら・彼女らに深く感謝申し上げます。わたしたちもできる限り、自分たちが感染源にならないよう、気をつけて過ごしたいと思っています。
TOPの写真は「ルオーと日本展 響き合う芸術と魂―交流の百年」@パナソニック汐留美術館の展示風景より。2ヶ月遅れの6月5日に開幕。しかし、パンデミックの影響で、海外から借りる予定だった作品数点は展示できず、パネルに作品の写真とキャプションで状況説明がされていました。
実物をみられないのは残念ですが、2作品を見比べるとかなり面白いです。


ガイドサービス=鑑賞が深まる展覧会?

美術館に行くと、ガイドボランティアによる鑑賞ツアーがあったり、展覧会によっては、音声ガイドやポッドキャストの利用を勧められたりしますよね。こういった美術館のサービスは、アートにあまり馴染みのない人でも展覧会や作品が“わかる”に近づくための工夫です。これらのサービスを利用すると、作家や作品に親近感が湧きます。しかし、ガイドされていない作品をひとりで楽しめるか、というとどうも違和感があります。

では、サービスが充実した展覧会では、肝心の展示はどんな鑑賞者にも親切な設計になっているのでしょうか。今回は、公立美術館の収蔵品展や全国に巡回するような大規模展でよく目にする、絵画中心の展覧会を前提に考えてみました。

展覧会に行き慣れている人は、どうやって絵をみている?

絵画や写真のような平面作品は、1つの展示室に複数の作品が並んでいることが多いですよね。みなさんの中には、無意識にいくつかの作品を見較べたり、つなげたり、目の位置や姿勢を含めてみる視点を変えたり、このようなことを通じて鑑賞を深めている人がいると思います。

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このような鑑賞の深め方は、何度も展覧会に足を運ぶうちに、あるいはアートについて学ぶうちに、意識せずとも身についたものかもしれません。それはその人が身につけた鑑賞力の一部ともいえるでしょう。

ところが、今までアート作品にあまり触れてこなかった人には、そのような「みかたをイメージする」ことがそもそも難しいようです。自然に鑑賞を深めている人も無意識なら、「今日はこの作品2点を徹底比較するぞ」なんて決めてみているわけではないでしょう。なんとなくいくつかの作品が気になって、その結果、ほかの作品と比較しながらみていたりするのではないでしょうか。私も結構な確率でそういった作品に当たります。

作品のみかたを「仕掛ける」展覧会

ときどき、「AとBの作品を比べてみると、キャプションで説明されていたことが腑に落ちますよ」「こういった視点から作品をみてみると、今みているものとは違う何かがみえてくるかもしれません」、このような「鑑賞サポート」が展示の中に織り込まれている展覧会に出会います。
そのような展示は、とくに言葉で「こうみなさい」と言ってくるわけではありません。展示そのものが、そうみるよう「仕掛けられている」と言うのが適切だと思います。

例えば、今年1月から3月に開催されたアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)の開幕記念展「見えてくる光景 コレクションの現在地」はその好例でした。仕掛けがあちこちにあったのですが、ここではその1つをご紹介します。
西洋美術と日本美術の交差点を浮き彫りにした展示室では、セザンヌの《セント・ヴィクトワール山》と青木繁の《海の幸》が、一緒に視界に入ってくるよう展示されていたのです。《セント・ヴィクトワール山》の前に立って、少し視線をズラすと《海の幸》が眼の端に映ります。少し絵から離れても同様です。これは美術知識の有無にかかわらず、自然に両者の類似点や違いを探してしまうように仕向けられていたのです。事前にキャプションをきちんと読む人なら、そこにあった言葉とも結びつけたかもしれません。

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写真上/2020年にリニューアルオープンしたアーティゾン美術館
写真下/手前にセザンヌ作品、左手奥に青木作品を展示したスペース
※美術館から許可をいただいて撮影したものです

もう1つ例を挙げてみます。
千葉県の佐倉市立美術館で2015〜2017年・2019年の夏に開催されていた「ミテ・ハナソウ」展は、作品と鑑賞者、鑑賞者同士の対話が生まれる工夫で知られています。数ある工夫の中でも、今回注目したいのは展示室です。
「靴をぬいで座ったり寝転んだりして作品をみる」場、椅子の位置によって「作品との距離を詰めてみる・離れてみる」場などが設けられています。

展示室に入って最初のスペースで靴を脱ぐのです。日本の生活習慣を持つ人なら、それだけでリラックスしませんか。そして、作品をみる高さや姿勢、作品との距離のとり方などを自然にガイドすることで、鑑賞者が作品に“集中してしまう”展示設計がされているのです。

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佐倉市立美術館「ミテ・ハナソウ」展(2017年)+「柴宮忠徳展」の展示風景。上は「寝転びの間」、下は「椅子の間」。ゆるく仕切られた展示スペースには、イラスト入りで部屋の説明をしたパネルがある。こういった仕掛けを通じ、スペースでの絵のみかたも提案されている(筆者撮影)
展覧会企画協力=ARDA イラスト=三好 愛

しばしば美術館に行く人は、ほんの少し視点が変わっただけで、お馴染みの作品がとても新鮮に感じたことがあると思います。こんなものが描かれていたのか、と気づくことだってあるのではないでしょうか。このような体験を導いてくれる展覧会は、まさに「鑑賞者フレンドリー」だと思うのです。

来館者は対価がほしい

美術館は、鑑賞者が作品と自由に対話することを前提にしています。ですから、「この作品はこうみなさい」と誘導すべきではないのかもしれません。それでも、作品のみかたがわからなければ、人は5秒で作品の前から立ち去ります。美術館に行ったこと自体、つまらない経験と記憶してしまうことだってあるでしょう。これはあまりにも残念です。

美術館までわざわざ足を運ぶ鑑賞者には、作品や展覧会から何かを感じたい、何か新しい発見をしてみたいという期待がいつもあります。誰もがそのために、時間をやりくりして入館料と交通費を払ってみるのですから、「みに来てよかった」と思いたい。私もいつもそう思っています。
このように考えると、展示という展覧会の根幹のところで間口を下げる――鑑賞者がもっと作品を味わえる方向で「鑑賞者フレンドリー」な展覧会が増えてくれるとうれしいです。

コロナ禍を経験した今、海外から目玉作品を借り行列から作品を覗き見するような展覧会は、多様な面でのリスクからしばらくは企画されないでしょう。
美術館は所蔵する作品で展覧会を組み立てる機会が増えてくると考えられます。そうなると、学芸員さんたちが知り尽くした自館の作品を、どのようにみせてくれるのか。これからの美術館の展覧会は、SNS映えや有名な作品で話題になるのとは違う方向で何が起こるのか、期待が高まります。

一方で、わたしたち鑑賞者も、ほんの少し鑑賞力を鍛えたいと思いませんか。それは、自分で「何か」を作品や展覧会から見つけられるようになる、より美味しい体験につながると思うのです。

アートハッコウショ
アート鑑賞ファシリテーター 染谷ヒロコ


夏至に開催!「Roadside picnic at the summer solstice」展のお知らせ
アートハッコウショが間借りをしている「Art and Syrup plus」では、
2020年6月20日(土)・21日(日)に2日間だけの展覧会を開催します。横浜を拠点に活動するアーティスト、細淵太麻紀さんが会場の一部をカメラ・オブスキュラに転換する、体験型の作品です。
詳細はこちらから




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